プロレスはもちろんヤラセだけでは片づけられないが、ヤラセの要素を多分に含んでいる。だから昂奮のうちにも、時間通りに終ることになっている。
あらかじめのドラマの中に、リアルを混ぜたものなのかもしれない。でも人間だから、というか現実だから、ちょっと混ぜたつもりのものが予定以上にふくらんでいき、そのこと自体がリアルで面白かったりもする。
この間久し振りにそういう混ぜもの的な新作を見たのが、例のナニワの三兄弟の長男の試合だった。いよいよタイトルマッチだというので、みんな見たらしい。
それにしてもみんなテレビを見てますねえ。ぼくも見たが、あの明くる日、仕事で外に出ていろんな人に会ったが、仕事の合間の雑談ではすぐに、
「きのうの試合」
「あれはひどいね」
「どう見ても……」
「だって解説者も、しまいの方は負けだという前提で話してたもの」
「誰の目でもそうですよ」
「子供には見せられないね」
という具合に、ひとこと「きのうの試合」といっただけで、みんなすぐ、説明なしでそのことになる。タクシーに乗ってもそうだし、電車でもその話題が聞こえる。愚民化とはいえ、みんなテレビ見てるなあと、そのことに感心した。
そうやって慢性的に見ている中で、その「ヤラセ菌」と「リアル菌」に感づいているのだ。愚民化政策のお陰でか、一瞬にそれを見る目は共通に鍛えられているんだなあと、思った。
ヤラセ菌といっても、当のボクサーどうしは真剣だ。リアルファイトである。だから勝つはずのものが負けたりして、そこのリアルが面白いのだけど、そういうボクサーを取り囲むメディアを含めた興行側が、全身ヤラセ菌ぎっしりで出来上がっているのがよくわかる。
このナニワの素材がテレビに登場したのは、2、3年前だろうか。例のチャンネル切替えにチラッと引っ掛かり、そこにリアル菌を感じて見はじめたのだ。
このリモコンによるチャンネル切替えはそれ自体面白くて、大晦日だったか、K1とプライドの格闘技を同じ時間帯にやっている。どっちを見ようかと迷ったが、見ていると試合の要点と隙間がけっこうある。だからその隙間にチャンネルをあっちこっちと移動しながら、結局両方おいしところを全部見ることができた。むしろこういう瞬時のチャンネル切替えで見るから、一瞬のヤラセ判断の目が鍛えられていくものらしい。
テレビ世界のヤラセと非ヤラセ
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