「お笑いの世界には静かな人が多い」
長年お笑いの世界にかかわってきた木村編集長の言だが、
志村さんも、タバコをくゆらせながら静かに語ってくれた
「いい仕事といい酒が最大のテーマ」「女性からは元気をもらう」
お笑いと酒と女が大好きな56歳、独身である
志村けん コメディアン
いい歳してやってるのがいい
(しむら・けん)本名・志村康徳。1950年、東京・東村山市生まれ。父は小学校の教頭で厳格な家庭に育つ。68年、東京都立久留米高校在学中にドリフターズのリーダーいかりや長介の家に押しかけ、ドリフの付き人となる。1年半で付き人の職を離れ、バーテンダーなどで社会勉強後、復帰。72年、同じ付き人とお笑いコンビ「マックボンボン」を結成。TV番組「ぎんぎら!ボンボン!」に出演。74年、荒井注に代りドリフのメンバーとなる。76年、「8時だョ!全員集合」(TBS系)で「東村山音頭」が大ヒット。79年、「全員集合」で加藤茶とのヒゲダンスが人気。85年、「全員集合」終了。その後、「加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ」(86年~、TBS系)、「志村けんのバカ殿様」(86年~、フジテレビ系)、「志村けんのだいじょうぶだぁ」(87年~、フジテレビ系)などで、日本を代表するコメディアンとなる。主なギャグに、「カ~ラ~スなぜ鳴くの?カラスの勝手でしょ」「だいじょうぶだぁー、ウェ、ウェ、ウェ、オェ」「そうです、私が変なおじさんです!」 「アイーン」など。06年、理想のお笑いを追求すべく、志村けん一座を旗揚げし、「志村魂」を上演(東京芸術劇場)。
お笑いの世界へ
木村― お父さまが学校の先生だったんですね。
志村― 小学校の教頭をやってました。
木村― そういう厳格な家庭に育って、芸能界を志そうと思われたのはどうしてですか。
志村― 厳格っちゅうかね、オヤジが校長の試験を受けるので、ほとんど書斎に入っていたんですよね。飯食うときぐらいしか顔を合わせないんで、あんまり喋った記憶がないんですよ。じいちゃん、ばあちゃんもいたんだけど、家のなかは決して明るくない。テレビで「雲の上団五郎一座」の舞台中継をやってたんですね。それを見てるときに一瞬、家族がみんな笑ったんですよ。そのとき、「あっ、こういう仕事ってすごいんだなあ」と思って、それから学校なんかで、真似して笑わせたりしたんですね。そうすると、笑われることがすごく嬉しくなってきたんですね。
木村― 高校は進学校だったんでしょう?
志村― その頃は、都立がわりとよかった。「私立は金かかるから、うちは金ないから都立以外はだめだ」って言われて。
木村― 「芸能界を志す」と言われたときに、お父さんや先生はどういうリアクションでした?
志村― あんまりオヤジには進路について相談しなかったですね。高校の担任からは「義務教育で自分に向いているものがわかったら、その仕事に就けばいい。わからないから高校に行くんだ。もっとわからないから大学へ行くんだ。いま自分の好きなことを見つけたんだったら、そっちへ行け」って言ってくれて嬉しかった。
木村― いい先生ですね。いまの先生はそんなことを言わないで、「とりあえず大学へ行け」と言うと思いますね。
志村― そうですね。僕の学校でも、男子では就職するのは二人だけでしたからね。あとは全員進学でした。
木村― 「就職」じゃないですね。芸能界って就職ではないです。それで芸能界を志されたわけですけれども、ぜんぜんこの世界にコネとかなかったわけでしょう。
志村― 高校2年の担任の先生の遠い遠い知り合いの方に、紹介状を書いてもらって会いに行きましたけど、結局だめで……
木村― 次はどこへ行かれたんですか。
志村― それで「コント55号」へ行こうか、「ドリフターズ」に行こうか迷ったんですけど、結局、音楽がわりと好きでしたし、音楽を絡めたお笑いのほうが楽しそうだなと思って、ドリフを選んだんです。高校2年の2学期あたりからいかりやさんの家を探して、高校3年になってから門を叩いたんですね。
木村― いかりやさんの家で、12時間も粘られたとか。
志村― 自宅のある東村山は田舎なもので、いかりやさんが住んでいた新宿の若松町まで行くのにちょっと時間がかかりましたからね。10時ぐらいに着いたら、もういかりやさんは仕事に行ってて、帰りを待ってました。帰ってきたのはかなり遅かったですね。
木村― それで「よく我慢して待ってたから……」ということになったわけですか。
志村― そのときは、まだドリフターズがバンドをやってたので、3人のバンドボーイがいたんです。それで「1人やめそうなのがいるから、やめたら連絡するわ」と。
木村― タイミングが良かったんですね。
志村― そうですね。一週間で連絡がありました。「後楽園ホールへ来い」というので、行ったんですよね。そしたら「明日から一週間、東北への旅があるから来い」って、「えっ、明日からですか?」「明日からだ。とりあえず下着とか持ってこい」(笑)。
木村― いきなりですね。
志村― 慌てて家へ帰って、おふくろに、「何か明日からもう仕事らしいよ」って。バッグに洋服とかを詰めて行きましたね。まだ在学中だったけど。
木村― お母さんは反対されなかったんですか。芸能界って、よくわかんないじゃないですか。
志村― 反対らしい反対はなかったですね。兄弟3人で、僕、末っ子だったんですけど、いちばん上の兄貴が市役所に就職が決まって、堅めなんで、あとはもうどうでも……(笑)。
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