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いまの世の中の良い点

 この間ズボンを買った。最近はパンツというらしいが、何も欧米での通用語におもねて、日本での下着の言葉を持ち出してくることはない。そういう気持だから、靖国参拝をすぐ突っ込まれる。
 いやズボンの話だが、家で仕事をしているとき楽なものというと、トレーナーとかジャージーだ。着ていていちばん楽。ほとんど下着にも近いもので、人が突然来たときなどちょっと困る。見かけがだらんとしすぎている。だからこれとズボンの間のものはないものかと思っていた。
 ふつうのズボンは、ちょっと着て坐ったりするとすぐに膝が出て、とくに日本では畳の上での伝統があるので、膝が出やすい。この生活はズボンに合わない。人間の脚はそもそも膝で曲がるものなのに、ズボンは垂直にまっすぐ、という考えで、基本的に無理がある。
 でこの間家の中でのズボンが何かないかと探していたら、あらかじめ膝の部分をふくらませてあるのがあった。布というのはもちろん平面だから、膝の周囲から少しずつ切り込みを入れて、それぞれを詰めて縫い合わせてある。もちろんスーツなどの類ではなく、いわゆる綿パンで、裾のところも紐がついて適当に結んでたくし上げる方式。
 そういえば最近若者の間でだぶだぶズボンが流行っていて、あれはLサイズくらいのGパンを腰より下げて、いまにもずり落ちそうに履いて、人に注意されるのを待っている。あえて顰ひん蹙しゆくを買うための努力だけど、いまの世の中、誰も注意したりはしない。だから顰蹙が宙吊りになったまま歩いているわけで、結論が出ない。
 でもだぶだぶ感というのは世の中全体に、ある風潮としてにじみ出ているもので、昔ニッカボッカといわれた建築現場の作業着も、いまは一段と、思いっきりだぶだぶになっているのを目撃する。
 おそらく膝をふくらませた綿パンも、そんなところから自然に造られたのだろう。ぼくはそれを手にした瞬間、これはいいと買った。家で履いていてじつに快適。これまでズボン生活で立ったり坐ったりするたびに感じていた無言のストレスが、あっさりとなくなった。じつに満足である。家の中で、と思って買ったわけだが、この間はそのまま外に買物にも行き、外でも充分だった。

赤瀬川原平(あかせがわ・げんぺい)1937年、横浜生まれ。『父が消えた』で芥川賞受賞。『ふしぎなお金』『目玉の学校』など、著者ならではの、まともに考えれば考えるほど不可思議な人間社会の謎を探究する目からウロコの名著多数。

赤瀬川源平 世相真面目にななめ読み

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