恐怖(?)の吊橋のあと、Mさんが金沢でいつも利用しているというタクシーで白川郷に向かう。この取材の二回目に下呂温泉に行った際立ち寄る時間がなく、もう白川郷には一生来るチャンスもあるまいと半ばあきらめていただけに今回行けるとなって、ぼくは欣喜雀躍(きんきじやくやく)とした。そのせいか口数も多くなった。運転手はぼくの話に反応してとにかくよく笑うのだった。Mさんといえば赤ん坊のようにタクシーに乗ると助手席ですぐスヤスヤ居眠りを始めだ。横を見ると妻も眠っている。それでも笑いっぱなしの運転手のハンドルさばきを心配する妻は、半醒半睡の状態で、ぼくに運転手をあんまり笑わせないようにと何度も注意をうながすのだった。
山の中腹の展望台から眺める白川郷はまるで殿様が手中におさめた領地のようにも、また箱庭のようにも思えた。稲の穂が黄金色に彩られ、波打つ様は絶景である。辺り一面コスモスが咲き乱れている合掌造りの家々の間を遊歩すると、古代の息吹が匂ってきて、神話的ロマンに引き込まれていくようだった。地元の人しか知らないという白川郷の有名なそば屋で昼食をしたあと、小一時間で行けるという富山県立近代美術館に足を伸ばしたくなった。ぼくの衝動的気分屋さんに付き合わされるMさんには気の毒だが、Mさんはいつもいやな顔ひとつしないで付き合ってくれる。彼はもともと芸大出身で芸術関係の雑誌の編集に長い間たずさわっていた人だから、旅の道中の大半はいつも芸術に関する話題で終始する。旅に出てまで芸術かといわれそうだが、芸術は遊びの原点。形而上世界で遊んでいるのである。
美術館には思ったより早く着いた。早速館長、副館長、学芸員が出迎えてくれた。もう何度もきたり、展覧会もしているので、ぼくは勝手知ったる古里に戻ったような安堵感がある。開催中のロシア現代美術展と何度観たかしれない常設展を観る。ロシアの美術も西洋の嵐に翻弄されているのか、その独自性は次第に失われつつある。日本のアニメの影響やアメリカのコミック、それに今、流行りの作者自身のコスプレなどの作品が目立ち、アイデアを優先したパロディや批評的なコンセプチュアルな作品が主流だ。やや食傷気味。それにしてもどうして最近のアーティストは時事的な問題に興味を持つのだろう。個人的現実より社会的現実を論じることの方が人間救済に貢献しているとでも思っているのだろうか。ゲーテは「自分がそれに対して何もなす余地のない時事問題などは論じるべきではない」と言っている。最近のテレビのコメンテーターらは口を開けば時事問題を論じたがる。認識と行動の不一致がいつの間にか社会的ストレスを起こしているのだ。ぼくにとっての一大事は天下国家を論じる前にキャンバスの中の赤か青かの方が大問題なのである。
金沢に用があって残るMさんと別れて、わが夫婦は富山から越後湯沢経由で帰京する。
山中温泉
横尾忠則(よこお・ただのり)1936年生まれ。グラフィックデザイナーとして60年代から国際的な評価を受け、80年代の「画家宣言」以降は、人間の記憶や感情をテーマにした絵画活動を中心に、多彩な創作活動を続けている。1月には作品集『横尾忠則Y字路』(東方出版)が刊行され、3月から5月まで、パリのカルティエ現代美術財団で個展が開催された。新刊として、自らの病気遍歴をまとめた『病(やまい)の神様』(文藝春秋)がある。
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