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柳村純一

「日本一の村」を再生した岩手県滝沢村の改革村長

1950年10月26日、岩手県岩手郡滝沢村生まれ。盛岡工業高等学校土木科卒業後に上京、京成電鉄株式会社に就職。4年後の72年夏に実家に呼び戻され、農業・畜産業を営む実家を継ぐ。28歳の78年、滝沢村村議会議員選挙に出馬して当選、以後三期12年、村議会議員を務める。90年も滝沢村村長選に挑むも、落選。前村長逝去を受けた94年の村長選に再挑戦、当選を果たす。以降、「地方行政自治体は会社みたいなものであり、住民は顧客である」というポリシーをもとに、情報公開、組織のフラット化、ISO認証取得、行政経営品質アセスメント実施など、地方分権による自治体への権限委譲に向けた村の改革を次々と実現させる。新しい「行政経営モデル」構築を掲げ、「第五次滝沢村総合計画 前期基本計画―行政戦略計画―」を策定、05年より「滝沢村NPM(ニュー・パブリック・マネジメント)」を開始させた。三期12年で改革に目処を付け、この11月19日で村長を勇退。まだ56歳、今後、新たなる挑戦を始めるに違いあるまい。

「必ず抵抗されるから、改革のためには、トップが本気にならなければダメなんです」

 岩手県岩手郡滝沢村――県庁所在地・盛岡市北西部に隣接し、同市のベッドタウンとして発展、現在の人口5万2978人(10月末)。「人口日本一の村」である。しかし、この村の日本一はそれだけではない。地方分権へ向け、日本一、行政改革に積極的な地方自治体なのである。その成果から先頃、2006年度「日本経営品質賞」受賞も決定。同賞は卓越した経営の仕組みを持つ団体を顕彰するのだが、02年度から新設された地方自治体部門はこれまで受賞団体がなく、滝沢村が初受賞だ。受賞理由は、「住民視点による独自性のある効果的な事業への見直しと実践」「戦略思考による業務プロセスの革新と進化住民視点、効果・効率的視点重視の意識・行動改革」「理想の姿の共有による、縦割り意識・文化を打破した部門間連携の強い組織の実現」。追って具体的に説明するが、同村がこのように時代を画する存在となったのは、強力なリーダーシップがあったからこそだ。そして、それを主導したのが、この11月19日に村長を退任した柳村純一氏である。
 「村会議員を三期12年務めていたから、わかっていたつもりだったけど、村長になって内から役場を見たら、唖然とした。俺から言わせると、職員はやる気がないどころでなく、怠け放題。これは何とかしなければと、まず思いました」
 柳村氏は言う。94年村長に当選、43歳だった。91年の村長選に初挑戦するも苦杯を舐め、再挑戦。28歳から務めた村議の経験から、行政改革の必要性を痛感していた。前村長逝去を受けての村長選だったため、当選翌日が初登庁。所信表明で「情報公開」実施を表明した。
 「村議選、村長選を通じ、住民たちの行政に対する不信感を強く感じた。役場は閉ざされている、と。そこで、住民が知りたい、住民のためになる情報を届けるシステムが必要だと考えたんです」


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