「こんにちは。このお店で働かれて何年になりますか?」。
「いらっしゃいませのかけ声、さわやかでいいですね」。
林さんは視察先の店舗で、時間をかけて各階を回り、店員と握手をし、会話を交わす。開店時と重なった店では、店員と共に店頭に立ち、「いらっしゃいませ」の挨拶で客を迎えることもある。
産業再生機構の支援によるダイエーの再建が決まり、林さんが支援企業である丸紅に強く推されて会長に就任したのは、今年の5月。半年も経ないうちに、これまで回った店舗は70を超える。それも「なるべく、声の届きにくい地方を中心としている」というから、林さんの徹底した現場主義の姿勢がうかがわれる。
一般に小売の世界では、情報はまず下、つまり現場から上へ上がる。「報告・連絡・相談」(略してホウレンソウ)は、部下から上司へなされるのが普通だ。だが、林さんの場合は逆である。上司から部下へと働きかけるのがモットーだ。といって、トップダウンの命令ではない。
「以前いた職場でも『話し込み』という造語が使われていました。コミュニケーションですね。なにより大切なのはそれです。でも、部下から上司にはなかなか声をかけづらい。まず上司が先に部下に声をかけ、彼らの話をきちんと聞き、いつでも心を開いていることを示す。それが上司の役目だと思います」。
多忙なスケジュールのなか、積極的に店舗を見て回るのは、林さんにこんな思いがあるからだ。この日1日でも林さんは3店舗を回っている。
「なにより、私は現場が大好きなんです。老夫婦が焼き魚なんかを二人で選んで買っていかれる、そんな様子を見ると、ああ、お役に立っているんだと本当に感激してしまう。
現場は待ったなし。店員さんたちと話したり、お客様と接していると、経営がストップするなんて思う人もいるようですが、とんでもない、まごまごするなというエネルギーをこちらの方がいただきます」。
林さんは店員と挨拶を交わすときにも、買い物客に声をかけるときと同じように深々とお辞儀をする。
「経営はおもてなし。いいかえれば相手の立場に立つということです。足を運んでくださるお客様に喜んでいただくには、まずその店で働く人やその家族が幸せであることが大切だと思っています。私がダイエーに来たとき、以前からの社員の方々も私を温かく迎えてくださいました。私はその方たちのためにも尽くしたいと思っています」。
この「おもてなし」という林さんの経営理念は、一台数百万円の外車を扱っていたときも、現在のように、数円の価格の差が売り上げを左右するスーパーという業種であってもぶれることはない。
林さんに同行していて気づくのは、視察は現場から吸収するだけの一方向ではないということ。自身が現場に立ち、お客様に接することで、その立ち居振る舞い、話し方の様子から、店員たちは「おもてなし」とは何かを具体的につかむことができる。
「私はあなたのことを気にかけていますよ、という思いを声かけによってお客様に届けていただきたいんです」。
その意図は、現場の人々に確かに伝わっているように見える。草の根的なこのようなやり方は時間がかかる。だが、飛び込みの車のセールスからキャリアを積み上げてきた林さんならではの、分かりやすく、説得力のある、見事な経営理念の伝え方である。
林文子 ダイエー会長兼CEO
困難だから燃える!
「トップは火中の栗を拾うのが使命」
働いている人が幸せであってはしい
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