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秘仏としての憲法九条

 北朝鮮の核実験以来、日本の核、ということがあれこれいわれている。でも日本は唯一の被爆国だから、日本の核武装という言葉は禁句に近い。
 でもあの国がこちらに向けてテポドンを飛ばし、その上核実験をしたとなると、このままでいいのかという声が当然出てくる。しかもあの国は常識の通用しない、何をするかわからない国だ。
 とはいえ禁句であるから、政界や言論界は非常に困っている。理屈で言うと、隣人が出刃包丁を振り回して危険だから、警察に通報するが、いまの警察だけでは頼りにならない。だったらこちらにも出刃包丁が必要だ。それを見せれば、隣人も少し自重して鎮まるのではないか、というようなことだろうが、いや隣人に関係なく、出刃包丁なんてとんでもない、出刃包丁のことを口に出してもいけない、ということである。
 しかもその意見が野党からではなく、与党内から出てきた。ある大臣が、核の問題はちゃんと論議すべきだといったら、別の閣僚が、とんでもない、それを問題にすることすらいけないというので、びっくりしたのだ。
 核武装に反対というのは当然出てくる意見だけど、論議することもいけない、というのは凄い。触っちゃいけない、見てもいけない、ということなのだ。
 これは暴力という言葉への反応とも似ている。教育の現場で暴力は必要だ。というと表向き語弊があるが、暴力の後ろだてというものは必ずいる。先生は優しいだけでなく、怖い存在じゃないと教育なんて実行できるものではない。でも公式の場で暴力は必要だなどと説くと、すぐさま怖い人、悪い人のようにいわれる。誰しも良い人に思われたいので、暴力の問題には当らず触らずにきた結果が、いまの学級崩壊、学校の権威失墜、ということになっている。教育者としての本音が消えて、みんなが表向きのいい人になってしまった。
 核の問題でも同じことがあるのだ。でも核武装の論議をすることもいけない、という理由はわかる。論議することでどうしてもその問題がピックアップされ、そうするといまの状勢からしてどうしても肯定論の方に流れる。だから論議するのもいけない、ということらしい。
 この論議をするのもいけないというのは、寝た子を起すな、というのに似ている。隣国が出刃包丁を振り回しても、気にしない気にしない、早く仕事に戻れ、ということか。

赤瀬川源平 世相真面目にななめ読み

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