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運命の温泉旅行

 こんなふうに考えると温泉との出会いはぼくにとっては運命だったように思う。物事には原因があって結果があるものだけれど、その両者を結びつける縁がなければ因果は成立しない。この場合の縁はMさんだった。ぼくが銭湯の絵を個展で発表していなかったら、Mさんもぼくを温泉に連れ出そうという発想はしなかっただろう。Mさんの直感にぼくの直感が感応したわけだけれども、Mさんはぼくをただ温泉に連れ出したというだけでなく、さらに次なる何かを考えているらしく、ひとつのことが連鎖的に放射状に、しかも螺旋状に無限にインスピレーションが天の片隅から彼に降臨してくる気配がしないでもない。
 谷崎潤一郎は人間の運命は思想が作ると言っているが、逆に運命が思想を作るともいえる。温泉との出会いも運命のひとつでもあると思う。だって九ヵ月間神経痛の苦痛に悩まされていた時、第一回目の草津温泉で痛みがケロッと解消したのは思想ではなく運命ですよ。もしあの個展の時Mさんが現われなかったら、ぼくの神経痛は運命転換できず、今日も苦痛に顔をゆがめて暗い日常を送っていたに違いない。それとわれわれ夫婦が人生の終り近くでまさかの温泉旅行ができるなんて、これはもうわが家の事件である。結婚以来ほとんど家にいない生活(まあ男はそうかもしれないが)だっただけに慣れない時間を与えられたわれわれにとっては逆に非日常的な気がしないでもない。旅先では別に夫婦らしい会話を交わすわけでもない。ただ同じものを見たり、聞いたり、触れたり、食べたりしながら滅多に行かない土地の自然を体感しているが、これで十分だと思う。ぼくは妻と話すよりもっぱらMさんとの会話の方が多い。それを妻は横で聞いているという構図である。
 この温泉旅行がいつまで続くのか知らないが、まだ序の口のように思う。日本は温泉大国でいたる所に温泉が噴き出している。目下の所、温泉の王道巡りが中心だが、いずれマイナーな変った温泉にも行くことになるだろう。また行く先々で土地や人との出会いから何か面白いことが発生するかもしれない。現に旅先で訪ねたある美術館から個展の話が舞い込んできたかと思うと、また温泉の絵の一点が海外のコレクターの処に行くことにもなりそうだ。温泉旅行がこんな風にぼくの運命になりかけている。とはいうものの運命を左右するのは業(カルマ)である。

横尾忠則(よこお・ただのり)1936年兵庫県生まれ。美術家。今年パリのカルティエ現代美術財団で個展を開催し高い評価を得た。近著に作品集『横尾忠則Y字路』(東方出版)、『病の神様』(文藝春秋)がある。2006年日本文化デザイン大賞受賞。現在、「ルソーの見た夢、ルソーに見る夢」世田谷美術館(12月10日まで)、「横尾忠則 版画の世界」米子市美術館(12月17日まで)、「コラージュとフォトモンタージュ」東京都写真美術館(12月17日まで)の各展覧会に作品を出品している。
オフィシャルホームページ http://www.tadanoriyokoo.com/

横尾忠則の温泉主義

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