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黄昏れて初恋

 92歳の男が美しい少女を街で見て、「もう一度70歳になれるのなら何でもくれてやるのに」とため息をついたという話が、イギリスの動物学者、デズモンド・モリスの『年齢の本』に出てくる。この話は、とりわけ高齢の方に喜ばれる。俺だってまだまだイケるんだ、と思われるようだ。
 しかし現実はそう甘くない。いい女だなあと思っても、いい年の男が声をかけるとどう思われるか。注意を要する。
 そこで一案だが、この際相手は初恋の人というのはどうだろうか。入念に計画を練ってかかろう。時は黄昏がいい。ビルの電光ニュースが浮かび上がり、高架を電車が黄色い光をチラチラさせながら走っている。
 おもむろにこう言う。「黄昏だねえ。たそがれって"誰(た)そ彼(かれ)は"という意味だってね。いや、ぼくもこれまでの人生を振り返るんだが、いろんな人が誰そ彼は? なんだ。でも、君の姿はいつ振り向いてもはっきり見えていたなあ」

(毎日新聞専門編集委員)

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