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川又三智彦

1000億円の負債から復活 ツカサグループ代表

自分が必要なものを事業化する

 「不動産業を営んでいた品川区西小山には木造アパートが多く、借り主が減っていた。でも、敷地が狭く部屋数を増やせないから、建て替えもできない。だから木造のままで活用していこうと、ウィークリーマンションを始めたんです」
 事業は見事に時代の流れに乗ったのだが、バブルというまた違う"流れ"に足をすくわれてしまった。1000億円の負債、大きな逆境だったが、結果としてそれは川又代表に大きな贈り物を与えた。
 ゆっくりものを考える時間――それまで事業に邁進、金融機関との折衝に忙殺されてきたが、90年代半ばに事業が滞ったことで、時間のゆとりができたのである。そこで、川又代表は「価値の根源は情報だ」と痛感。債務処理・圧縮をこなしていきながら、臥薪嘗胆【がしんしょうたん】、情報収集・分析に注力、独自のスキルを身につけて、インターネット事業へも進出。本格的に、再起への道を探った。
 結局、99年9月は終わりの始まりだった。ウィークリーマンション事業を手放し、社員は170名から30名に急減。しかし、すべてを失ったわけではない。ワンワン・オフィス(SOHOオフィス)、木造アパート、管理・運営委託物件……残された資産を、有効活用できる自信が川又代表はあった。ウィークリーマンションも順風満帆に成功したわけではない。行政・地域住民の反発、賃料踏み倒し、セキュリティなど、さまざまな問題はあった。だが、ツカサはきめ細かな対策を怠らなかったからこそ、後続を寄せ付けないビジネスモデルとすることができたのである。同様に、ワンワン・オフィスは独立・起業への支援機能を持たせることで、木造アパートはマンスリーマンションに転換、さらに高齢者支援付きとすることで、再生させていった。
 「自分がこういうものがあったらいいのにと思うものを事業化するのが、僕の基本なんですよ。SOHOには何が必要か、自分の立場で考えた。自分には年老いた母親がいるから、これから介護が重要とも考えた。それに、お年寄りには最新型の高層マンションよりは木造アパートのほうが住みやすいとも思ったんです」
 訪問介護員養成のツカサ医療福祉学院設立、介護施設を開設、新たにSOHOオフィスビルを建設。福祉・介護事業、マンスリーマンションとレンタルオフィスの不動産事業、インターネット事業と、新生ツカサの三本柱が確立、すぐに社員も100名を超えた――だが、ここで、川又代表は立ち止まることはなかった。

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