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「危機」という言葉に踊らされないでいよう

 このところ、新聞やテレビを見ていると、やたら「危機【クライシス】」という言葉に触れる機会が多いように思う。曰く、「政治の危機」「リーダーシップの危機」「経済の危機」「信頼の危機」「教育の危機」。最近では急斜面に取り残された犬の危機というのまであった。
 もっともらしい危機と呼べるニュースがない時には、むしろそれさえもが危機ということになるのかもしれない。新聞社やテレビ局から外に出たら、危機などというものはないのではないかとさえ思えてくる。
 人間は事が起こるのが大好き、ドラマの山場に立ち会うのが大好きである。「さて、一体次に何が起こるのだろうか」というわけだ。飛行機がハイジャックされるのは、ドラマとして強烈である。延々長引くし、何か起こりうる場面がたくさんあるからである。
 期待する喜びや興奮は、内容とは別の問題である。そこで新聞やテレビは、人々の求めるものを忘れず、刻々とドラマを創り出し、それをもって「危機」と称するわけである。
 危機とは単に、そこで何かが起こることを期待する時点にすぎないのかもしれない。危機は決断や行動のための時点である。その時点で何もしなければ、状況が急激に悪化して惨事や破局に至ってしまう。何かをやれば、その行動自体が発展となるのだ。
 考えてみれば、危機とは一種の直立した十字架のようなものかもしれない。道の一本が上に伸び、もう一本は下に向っている。例えば、ボールが水平の道を転がっている。やがてボールは交叉点、すなわち危機地点あるいは決断地点に到達する。ただ手をこまねいていては、ボールは下に落ちてひどいことになる。だが、正しい行動がとられると、下へ落ち込んでいる交叉地点を越えて転がっていく。ところが、もし危機をうまく利用するならば、ボールは上の道をのぼっていくかもしれないというわけである。

5l世代へ 木村政雄の発言!

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