5時間の長旅だった。列車からホームに降りるなりテレビカメラが行く手を塞いだ。NHKのテレビ番組「にんげんドキュメント」の撮影クルーがわれわれをホームで待ち構えていたのだった。今回の温泉旅行は密着取材で行動の一部始終がカメラに収められることになっているので、自然体でいるためには彼らの存在を透明人間か空気のように思わなければならない。
どこに行くにもカメラと長い竿の先についているマイクからは自由になれない。それだけではない。プライベートな会話までこのマイクがすべて拾うので余計なおしゃべりは禁物だ。といってもついつい頭の上で泳いでいるマイクの存在は忘れてしまう。だけど、もろ実生活の断片が露呈してしまう恐れがないとも限らない。カメラがいて、釣り竿のようなマイクの下では、ぼくはまるで操り人形のように他人の眼には写っているはずだ。こんな操り人形のぼくが街の通りを歩いたり、お土産屋の店頭を覗く姿に、店の人やすれ違う人たちはいったい何様だろうと怪訝な好奇の眼でぼくの顔を覗き込んだり姿を追っているのが、いちいち視線を移動させなくとも皮膚感覚で把握できる。
今回の温泉取材の第一日目は四国の琴平温泉である。琴平といえば金刀比羅宮が有名で、ぼくの世代の人間なら思わず口をついて出る歌がある。ひとつ歌ってみようか。
♪金毘羅船々【こんぴらふねふね】
追風【おいて】に帆かけて
シュラシュシュシュ
まわれば 四国は讃州【さんしゆう】 那珂【なか】の郡【ごおり】
象頭山【ぞうずさん】 金毘羅大権現【だいごんげん】
一度まわれば
てな具合で、団塊の世代以上の年齢の方は口ずさまれたのではないだろうか。金刀比羅宮を知らない子供の頃からコンピラサンという愛称で親しんできた。ぼくは兵庫の中学生だったので、修学旅行でコンピラサンに来ている。コンピラサンの印象はなんといってもあの785段の急な石段である。頭の上でマイクが泳いでいるので聞こえない程度に口の中でモグモグ「♪コンピラフネフネ オイテニホカケテ シュラシュシュシュ……」とリズムを取りながら石段を踏みしめていた。11月も半ば、シーズンオフなのか人出も思ったより少なかった。思ったより道幅もせまいことに気づき、やはり55年前の修学旅行の記憶との間には多少の乖離があるように思えた。
足取りは次第に重く、地球の引力はその度を増すばかりだ。「無理は禁物」と心に言い聞かせながら、古稀は古稀らしく70年共に歩んだ体をいたわりながら牛歩を味わうことにした。ぼく以上に足の弱い妻はさぞかしぼくの後方を歩いているだろうと懸念していたら、予想を裏切って意外と元気だ。「テニスで鍛えているから」と、たいしたことはないというような顔をしている。すでにぼくの足の脹脛【ふくらはぎ】には鉄の棒が入っているんじゃないかと思うほど重く、足は完全に悲鳴を上げている。ふと眼を右にやると「高橋由一記念館」と書いた建物が眼に入ったので、ここで一休みとばかり館内を覗くことにした。油彩画ばかり二十数点が展示されていた。由一をこれだけまとめて見るのは初めてだった。幕末の時代に描いたとは思えないほど由一の油絵の技術には、ただただ舌を巻くしかなかった。もう一度生まれ変わって学んでもかなわないほどの腕前だ。石段は半分ほど登ってきたが、画家としてのぼくはやっと最初の石段を前にした気分に襲われた。金刀比羅宮の石段もきついが、画家の石段もそれ以上に険しい。帰りに神官から金刀比羅宮所蔵の作品集などいただく光栄にあずかった。
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