テレビのカメラも旅館内ではぼくを解放してくれているので、やっと自由の身になれた。部屋でマッサージを取って第一日目は終了。
翌朝、どうしても温泉に入っている風景がテレビに欲しいというので、客が一人もいない、掃除のおばさんだけのいる大浴場にMさんを誘って入ることになった。二度目の朝風呂である。温泉にはあんまり入らない方がいいので、少し心配だったが、撮影はすぐ終った。入浴のモーニングサービスをしたあと、旧金毘羅大芝居「金丸座」を見学することになった。現存する日本最古の芝居小屋である。ぼくが子供の頃、町に芝居小屋があってよく両親に連れられて行ったのをふと想い出した。町の芝居小屋にもちゃんと花道もあり座席は枡席になっていたが、もちろんここも枡席だ。しかしこの金丸座には左右に桟敷があり、花道にもちゃんと「すっぽん」がある。すっぽんは異界に通じる切穴で死者や怪異な者の出入口になっていて、ぼくはここから役者が出現する瞬間にいつも興奮するのだが、廻り舞台にしてもすっぽんにしても、次元を超えた時空の演出装置には、日本人の創造力と美意識が深く関わっているように思えた。ここの芝居小屋は江戸時代の面影を留めているだけに、本格的な劇場建築として国の重要文化財の指定を受けているという。深沢七郎さんに似た赤い法被【はっぴ】姿の案内人が名調子で舞台下の奈落や廻り舞台の廻しなど細かく説明してくれた。また舞台裏の座頭部屋や頭領部屋、女形部屋や大部屋なども見学することができた。江戸時代のまんまの部屋を今も使っているかと思うと、長い歴史の中の様々な想念がウヨウヨしているような気がしてちょっと怖く感じた。金丸座では年一回春の公演として歌舞伎が公演されるが、役者が金刀比羅宮へ参拝する際、人力車に乗って琴平町内を廻るそうだ。その間地元住民のボランティアも運営に力を貸して地域一体で取り組んでいると、琴平の深沢七郎さんはますますボルテージを上げながら早口で得意にしゃべりまくるのだった。ぼくは二階席の木の長椅子に腰を下ろして空からの舞台を見ながら過去に見た歌舞伎の出し物をあれこれ想像しながらしばらく幻想の中で遊んでいた。そんな一瞬でもテレビカメラは撮り続けているが、ぼくの頭の中までは写せない。残念でした。
金丸座を後にテレビの人たちとタクシー二台に分乗して多度津駅に向かった。駅前で昼食をと考えたが、駅周辺はじつに殺風景で食堂らしき店は一軒も見当らなかった。空腹をかかえたままの松山までの二時間はつらかった。
琴平温泉
横尾忠則(よこお・ただのり)1936年兵庫県生まれ。美術家。昨年、パリのカルティエ現代美術財団で個展を開催し高い評価を得た。近著に『横尾忠則Y字路』(東方出版)、『病の神様』(文藝春秋)がある。2006年日本文化デザイン大賞受賞。現在、「ルソーの見た夢、ルソーに見る夢」愛知県美術館(2月12日まで)、「TADANORI YOKOO Y JUNCTION」西脇市岡之山美術館(3月30日まで)、に作品を出品。また、「美をもとめて――岸田劉生から横尾忠則まで」川越市立美術館(1月27日から)、「横尾忠則の版画集」徳島県立近代美術館(2月17日から)に作品を出品予定。
オフィシャルホームページ http://www.tadanoriyokoo.com/
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