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角川春樹 出版人・映画製作者

生涯現役の不良

(かどかわ・はるき)1942年、富山県生まれ。64年、國學院大学文学部卒業。65年、角川書店入社。75年、父角川源義死去に伴い、角川書店社長に就任。横溝正史のブームを仕掛け、76年、旧角川春樹事務所を設立し映画製作を始める。『犬神家の一族』(76年)、『野性の証明』(78年)、『蘇える金狼』(79年)など次々とヒット作を制作した。93年、いわゆる「コカイン密輸」事件で逮捕され、千葉刑務所に勾留される。角川書店社長を退任。94年、保釈。95年、現角川春樹事務所設立。97年、自作をリメイクした映画『時をかける少女』を制作・監督。2000年、最高裁で懲役4年の実刑確定。01年から04年に仮出所するまで服役。05年、映画『男たちの大和/YAMATO』が公開され、戦艦大和の原寸大ロケセットで話題になった。また句集・詩集も多く、主なものに『カエサルの地』、『信長の首』(芸術選奨文部大臣新人賞・俳人協会新人賞)、『流され王』(読売文学賞)、『花咲爺』(蛇笏賞)、『海鼠の日』(山本健吉文学賞)などがある。現在俳誌「河」主宰。3月3日、『蒼き狼~地果て海尽きるまで~』が公開される。また『椿三十郎』を現在製作中である。

事務所の一室にでんと座った角川春樹氏
圧倒的な存在感
インタビューは、いきなり塀の中の話から始った
そして人生論、詩、映画……
「ちょい不良(ワル)」が思わず恥じ入るホンモノです!

木村― 昔は怖かったんでしょうね? 角川書店の社長の頃は存じ上げておりませんけど。

角川― みんながそういいますがね。「昔は怖かったですよ、ピリピリしていて」って。いまはそんなことはないですよ。やっぱり刑務所の体験というのが一番大きいと思うんですよね。「やさしさ」ということに非常に重要性を感じたんです。友情なんかもそうですし、例えば会社のことでいいますと、私が刑務所を出て翌日には出社したんですよ。そうしたら、電話番以外は全員がホールへ上がってきて、「お帰りなさい」と言って、花束を贈呈された……。その時につくづく、社の人たちに対するお返しをしなきゃいけないと思いました。それで去年は全員でモンゴルに行ったんですけどね。
 本当に「やさしさこそ力だ」ということが自分のなかにあって、そのほうがしぶといんですよね、力としては。怖さじゃなく。キャッチボールでいうと、相手に投げさせて受ける、どこへ投げてきてもいいよと。バッターだとしたら、どんな球でもはじき返すよと。そうすると無理な力が入らないんですよね。

木村― 社長をおやめになったのと、お母さまが具合が悪くなったのと、刑務所に入るのと、いっぺんに来たわけじゃないですか。そういう体験って、普通はあまりないですよね。

角川― まだあるんですよ。胃ガンだった。で、腸閉塞で手術してすぐ刑務所に入りましたからね。それから母は出所してすぐ亡くなりました。
 会社が倒産しかかって、しかもガンで、それですぐ腸閉塞、刑務所。そんなことが続いたら、普通は悩むんですよ。引きこもるというか……。

木村― というか、そこでつぶれますよね。

角川― 私の親しい尼さんで、チャネリングする尼さんがいましてね……なんで自分にいろんなものが来るのかと聞いたんです。そしたら、仏さん、観音さんに問うてから、私に話したのは、「角川さんに耐えられない試練は与えてません」と。それにはものすごく勇気づけられましたよね。刑務所に入る寸前だったんですよ。「そうか、耐えられない試練までは来てないんだ」と。

木村― 刑務所では、角川春樹という名前ゆえに難しいというか、「なんだ、あいつ」みたいなことも結構あったんじゃないですか。

角川― そういうことは、いろんな形で出てきますね。満期の受刑者がいますね。その人間たちが、こっちも満期になるように、とにかく足を引っ張ろうとする。受刑者だけじゃないですよ、刑務官も懲罰にもっていかせるような罠をかけたりね、やりますよ。でも、母が病気だったものだから、ものすごくこらえました。ここで問題起こしたら満期になるなと。だから、とにかく耐える。
 で、自分のなかで言い聞かせたのは、つらいこと、悲しいことに耐えることがきっと人間を大きくするんだと。でも、頭ではそう思ってもなかなかやっぱりね。自分で言い聞かせて、言い聞かせてね。

木村― それまでの人生のなかで、そんな耐えるってことはなかったんじゃないですか。

角川― いや、もちろん挫折はありました。それも私は極端だから、本当に昨日まで常務だったのが今日になったらヒラに落とされて情けなかったとか、ありましたよ。

木村― でも、それとは比べものにならないんじゃないですか。

角川― そうですね。刑務所の時間というのは、娑婆の時間の3倍ぐらい遅いんですよ。だから、一日が3日間ぐらいに感じるんですよ。一日一日が本当に長いんですよ。
 結局12年間裁判で争いましたが、12年間の時間というのは、もう取り戻せないわけですね。そうすると、その時間を捨てるんじゃなくて、生かさなければ、なんにもならないわけですね。

木村― そうですね。「人に対してやさしくなれた」とおっしゃいましたけど、出来事として人生のなかでは一番大きかったですか。

角川― 大きかったでしょうね。自分の原点ははっきりいうと刑務所なんですよ。ばっちりとバツがついたわけです、前科一犯。これは人間の起伏としてもおもしろいし、やっぱり人生にとってバツというのは、決して足し算ではないが引き算でもない。それは、おそらく人間が深くなるとすれば、やっぱり泥水を飲まないとだめだという気はするんですよ。まあ、木村さんもずいぶん飲んでるとは思いますけども、そのほうが人間としては深くなりますね。深いところからいい水がくみ出せるような気がするんですね。

木村政雄編集長 Special Interview

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