「ダメと言われても他人を恨んだりせず、自分を殺すくらいまで自分を鍛えるべきだと思うんです。いまは豊かになり、そういうことが忘れられている気がするけれど、団塊の世代は人が多いから、そういう思いが強いんですよ。現状維持では埋もれてしまう、と。高校卒業後に留学しようと思ったのも、他人より抜きん出るためには、海外に行く必要があると考えたからなんです。人がたくさんいるから、いまのままではどうしようもないという恐怖感、強迫観念がボクを持ちこたえさせる原動力になっていると思う。団塊の世代に生まれ、本当に幸運でした」
北西ドイツ音楽アカデミーに入学、巨匠ヘルムート・ヴィンシャーマン氏に師事する。宮本氏は18歳だったが、他の日本人留学生はほとんど音楽大学卒業、大学院修了。そんななか、同音楽アカデミーを首席で卒業。その後、エッセン市立交響楽団、フランクフルト放送交響楽団を経て、A級オーケストラ・ケルン放送交響楽団で19年間、首席オーボエ奏者を務めた――さまざまな艱難辛苦を乗り越え、大成功を収めたのである。
「いまも「日本に帰るのは、もったいないと思わなかったのですか?」と聞かれます。正直、自分でもそう思いましたよ。でも、男にはロマンみたいなものがあり、生きている間に成し遂げたい、達成してみたいことがある。自分の人生、大きな流れのなかで役割があると感じながら生きたほうが、幸福だと思ったんです」
00年に帰国したきっかけは、ある演奏会の後、楽屋口で握手を求めてきた主婦の一言だった。「素晴らしい演奏でした。師匠はヴィンシャーマンさんですよね?」。師事したのはわずか4年間、以来30年近くの歳月が経っていた。
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宮本文昭
オーボエ奏者を引退、新たなステージへと向かう音楽家
団塊の世代に生まれ、幸運だった
オーボエ奏者から引退する理由
「師匠とは似ても似つかない演奏なんだけれど、ときどき似たような〝筆致"が現れることは気がついていました。ただ、それを普通の主婦がわかってしまうんだから、音楽の伝統が違うんですよね。そして、師匠の演奏にもそのまた師匠の〝筆致"が残っているとも思った。そういうものが脈々と伝わっていくことの素晴らしさを痛感したんです。そこで、ボクに教えられることを考えると、日本に帰ったほうがいいようにも思えてきた。西洋人に比べ、日本人は身体が小さく、体力もありませんが、ボクは何とか彼らに伍してきた。この経験を教えれば、脈々と伝わり、西洋人と遜色ないオーボエ奏者が日本に生まれていくはずだ、と」
東京音楽大学から招聘されたのは、演奏家のDNAを遺したいと考えていた、そのときだった。以前から、89年にJT「ピース・インターナショナル」のイメージキャラクターを務め、99~00年のNHK連続テレビ小説『あすか』テーマ曲「風笛」演奏など日本でも活躍、何度も別の大学やオーケストラから誘われていたが、帰国するつもりはなかった。「あまり意識しなかった」と本人は語るが、当時50歳、「天命を知る」ところもあったに違いあるまい。
そして、帰国して5年目の05年春、宮本氏は日本のクラシック音楽界を震撼させる、衝撃的な宣言を行った。「07年3月、オーボエ奏者から引退する」と。
「その頃、ボクより年齢が少し上の方の演奏をクルマのラジオで聴いたんですが、これはまずいなと思った。オーボエとは違う楽器でしたが、音楽家が権威を振り回したら、お終いなんです。誰も何も言えず、裸の王様になってしまう。ボクも、そうなる可能性はゼロではないと思った。それに、現在もいろいろな音楽の企画をプロデュースしていますが、ボクがやりたいのは音楽で、オーボエは音楽のなかの一部なんです。いろいろ挑戦していきたいのに、オーボエ奏者であるがために、自分の音楽活動が狭められているという思いもあった。ボクにとって大切なことは、自由な人間であることなんです。コンサートのプログラムでボクの肩書は、「ケルン放送交響楽団・元首席オーボエ奏者」や「東京音楽大学教授」でなく、「フリー」。楽器、いや音楽があれば、どこへも行けるし、仕事ができる」
オーボエ奏者引退宣言は、演奏者としての〝限界"ゆえのものではない。逆に、〝ツール"がなくとも、自分の音楽を演奏する〝可能性"を求めてのものである。師匠は世界的オーボエ奏者だけではなく、指揮者、音楽学者、そしてバッハ・ゾリステン創設者でもある。そのDNAが、さらなる大きな「天命」へと導いているのかもしれない。これからの宮本氏独自の新たなる挑戦に、大いに期待したい。
取材・文=羽柴重文(編集企画室Over-All)、撮影=矢木隆一(ZIP)
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