この一角に湯もみを実演している「熱の湯」という演芸場風の建物があって、地元の婦人たちと思われる人たちが細長い板を湯舟の中でこね廻しながら、あの有名な、
♪草津よいとこ 一度はおいで ドッコイショ お湯の中にも コーリャ 花が咲くよ チョイナ チョイナ
と歌いながら、また舞台では歌に合わせて踊りも披露してくれる。われわれは参加しなかったが、一般客にも湯もみをさせてくれる。
草津の町は起伏が激しく、まるでゴジラの背中の上を歩いているようだ、デコボコした土地に旅館がひしめき合っている。われわれが投宿した大阪屋は老舗の旅館で、芳名録には内外の著名人の名が記されていた。東山魁夷画伯が「一筋の道」と書かれて署名がしてあった。恐れ多いと思いながらもその隣の頁が白紙になっていたので、ぼくは自作の主題である「Y字の路」と書いて、東山大先生と並んで同じレイアウトで署名した。
さて、宿の温泉の湯にはじっくり入りたいところだが、すぐのぼせてしまうのでカラスの行水で済ませた。翌朝は洞窟風呂に入った。やはりカラスの行水である。ところが朝食時に奇蹟が起っているのに気づいた。今年1月に肩の帯状疱疹になって入院をし、その後も投薬や鍼治療やマッサージを受けたが、神経痛のような後遺症で少なからず苦しんでいた。それが8ケ月振りでたった2回の入浴が痛みを消してくれたのだった。信じられますか?この原稿を書いている時点でさえ痛みがない。これを奇蹟と呼ばずに何と呼ぼう。
ぼくは何も期待しないまま草津に来た。Mさんの意志に従ったまでだ。一人苦しんでいた病がこのまま治ったとしたら、まさにぼくは草津に導かれたということになる。実は草津にやってきた本当の目的は病の癒しだったのではないか。そんな風に思えるほど、ぼくにとっては不思議な縁のようなものを感じさせた。後で知ったが、温泉の効用には神経痛、筋肉痛、などと記されていた。Mさんが「草津」と言ってくれた背景には、ここにやってくる必然性が用意されていたのか、とぼくは他力を喜んだのだった。
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