ここがきっと有名な「道後温泉本館」だろうと思って、翌朝、街の散歩がてらに寄ってみることにした。「本館」の建物の記憶ははっきりある。だからここに間違いない。三階の霊(たま)の湯という休憩のできる個室に荷物などを置いて、館内を案内してもらうことにした。何といってもぼくの記憶にある大浴場が見たいと思った。だけど案内された浴場は、ぼくの記憶の十分の一もない普通の旅館の浴場と変らない大きさだ。
ぼくの記憶の底にへばりついて離れないあの巨大な浴場はなかった。ではあのぼくの脳内のビジョンはいったい何なのかという疑問がわいてきた。あれほど鮮明な記憶の古代ローマのような大浴場はここにはない。でもぼくは浴場の悪臭まで覚えている。まるで狐につままれたような忘我状態になってしまった。ではあれは夢の光景だったのか、それとも前世の記憶なのか、はたまたパゾリーニやフェリーニの映画の中の古代ローマのシーンだったのか。でも間違いなく中学生だったぼくはクラスメイトと一緒に入浴したと記憶している。普段だいたい現実に体験した記憶を喪失していることの方が多いぼくだが、今回みたいに過去何十年も忘れずにちゃんと記憶している光景が現実にないというようなことは、過去に一度もなかっただけに、ぼくは自分を疑う羽目になってしまった。でも建物の外形の記憶ははっきりしている。ここに間違いない。なのに内部が違う。もしかしたらこの本館は四次元を取り込んでいて、たまに現実とは異なる次元に入る場合があることをぼくは知っている。だから泉鏡花的世界にタイムスリップしたとでも解さない限り、ぼくはどうも納得がいかない。空飛ぶ円盤に乗せられた少年が地球に帰還して、その事実を語ろうとしても誰も信じてくれないのとそんなに変らないぼくだった。何しろMさんも妻もぼくの記憶の浴場に関しては必要以上に興味がないらしく、その話題はそこで終ってしまった。だけどあれ以来ぼくが昔入った本館の大浴場の光景が確信を持ってぼくの頭の中に以前にも増してしっかりと棲みついてしまっている。いつか絵に描いてみてもいい。
読者を正気に戻すために、ここでぼくは時間を12時間くらい逆に戻さなければならない。われわれが泊った旅館は道後でも最も有名な大和屋別荘である。部屋数はそれほど多くないが部屋の調度品や掛軸や屏風には著名な俳人の自筆の句が書いてある。部屋も料理もサービスも最高で、ぼくは和室に寝るのが苦手だとMさんと話していたら、それを聞いた仲居さんがさっそく部屋にベッドを据えてくれた。老人で足腰の悪い人のためにベッドが用意してあるそうだ。
道後温泉
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