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片岡鶴太郎 俳優・画家

50代で仕切り直し

うまく描くのではなく特徴だけ描けばいい

種田山頭火「星があって男と女」片岡鶴太郎画集X『夜桜』(近代映画社)より木村― 30代でボクシングを始めて、40代で絵を始められたそうですが、絵の師匠はいらっしゃるんですか?

片岡― 最初はまったくの我流でした。絵をやってみたいと思って、文房具屋さんで筆と硯と墨を買ってきて、人知れず、やっていたんですね。
そんな頃、まだ「笑っていいとも」に出させていただいていた頃ですから、タモリさんに銀座に飲みに連れて行っていただいたんです。そのときタモリさんが「鶴ちゃん、あの人は画家の先生なんだよ」と言うんですね。そのときは絵を描き始めたときでしたし、思いこみが激しいほうですから、これは何かのご縁だと思って、タモリさんに頼んで、その場で紹介していただいたんです。
 それで、「みんなで、似顔絵を描きましょう」ということになって、私がタモリさんの顔を、タモリさんが私の顔を、というふうにお客さん同士で描いたんです。そのとき先生が「絵をうまく描こうなんて、そういう了見はいけませんよ」「あなた方の演技もうまければいいわけではないでしょう。うまいものは、鼻についてよくないから、とにかく特徴だけ描けばいいんです」と言うんですよ。それは、私がやっているものまねと似た表現なんですね。そんなこともあって、翌週、先生のところへ遊びに行って、描いているところ見せていただいたり、絵のことも話していただいたんです。その先生が、村上豊先生。私が絵を描くきっかけになった先生です。

新作「家富良」片岡鶴太郎画集XII『綿の湯』(近代映画社)より木村― そうなんですか。最初の先生が、すごくよかったんですね。僕らが学校で習った絵の先生なんて、そんなこと言ってくれませんでしたよ(笑)。
 お魚の絵が多いようですが、何かこだわりがあるんですか。

片岡― 描いてみたいと思って描いたのが、魚だったんですね。私は荒川区の日暮里の生まれで、川とか池とか自然があんまりなかったんですね。だから、魚が泳いでいる姿に、非常に憧れがあったんです。ですから、魚が泳いでいる姿、かたちに、非常にどこか魅力を感じていたんだと思うんですよ。ですから、それを絵にしてみたいという気持ちが強かったのかもわかりません。

木村政雄編集長 Special Interview

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