やはり選挙をめぐる世界が変わってきているのか。ラジオを聞いていたら、投票所の立会人みたいな役をこなした匿名公務員が電話をかけてきていて、その投票者の背中を見る役を選挙のたびにやっているけど、今回は何か違う、という話が面白かった。何か違う、という「ただの」印象だけで、論理は何もないのだけど、でもピンとくるものがある。
こういうことは、小泉自民党ならではのことではないのかな。派閥がっちりの在来自民党だったら、候補者公募なんてことはなかったはずだ。だからこれは、ある種の自民党アンデパンダン展みたいなことになった。
もちろん論理を踏み外さない論客は、印象では語れない。与党小泉政権を論理的に批判してこその論客である。何ごとも批判によってこそ頭脳の上位、その優秀を示すことができるわけだから、まずは現世権力の批判からすべてがはじまる。メディアの多くは、そういう左翼的ぬるま湯につかりながら、日々を過している。それはそれで、平和のバランスウエイトなんだということにもなるらしい。
論理的にはいろいろ、もう滅茶苦茶ですよということだろうが、この26歳議員といい、料理研究家やその他の刺客と呼ばれて当選した新議員といい、いわゆる素人政治家の登場が現実となり、選挙とか議員とかいうものが少し身近になったことはたしかだろう。自分はいまフリーターだけど、努力の具合によっては国会議員も不可能ではない、という感覚。国会議員なんて何も大したことはないと、それは慢性左翼的な投げやり感で言われていたことだが、その投げやりを超えて、いきなりその現実が目の前に出てきた。いや本当に素人かどうかはわからないが、少なくとも印象はそうで、素人に見えることはいいことだと思う。
ぼくもむかし、まだ芸術家だったころ、町会議員は穴じゃないかと思った。国会議員になるのはさすがに大変そうだけど、町会議員ならなれそうな気がする。それで給料をもらって生活できればいいなと思ったが、やはり思慮深いのでやらなかった。それをやってしまう人々が出てきたわけである。
と言ってしまっていいのかどうかは責任もてないが、とにかく選挙とか議員というものを隔てる溝が埋まってきているようで、それは自由と平等の大義からすれば、大変目出度いことだと、そのように言う人はあまりいない。
左翼のぬるま湯
赤瀬川原平(あかせがわ・げんぺい)1937年、横浜生まれ。『父が消えた』で芥川賞受賞。『老人力』ほか著書多数。
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