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下田温泉

 ふと眼を醒ますと、鯖(さば)の背中のような色をした海が車窓いっぱいに広がっていた。車内アナウンスで「左手中央に見えるのが大島です」と女性の声が説明している。われわれが乗っている電車は下田行き「踊り子」号である。Mさんから聞くまで下田温泉の存在を知らなかった。下田といえばペリー率いる黒船が来航した港である。また唐人お吉の物語がある。その程度の知識しかないが、下田には何か異文化交流の痕跡が見られるのではないかというぼくの中のエキゾチズムが騒ぐのだった。
 終点下田駅の改札口を出ると正面に旅館の客引きが十数人、旅館名を書いた旗を手に一列に並んでいた。ホテルから差し向けられたバスが表に待っていたが、ぼくの眼に飛び込んできたのは道一本挟んだ先に見える墓地だった。「墓だ!」と叫んだぼくはバスなどおかまいなく金網の柵を乗り越えて墓地に飛び込んだ。車中Mさんとお互いに墓地を作った話をしながら、次回作に墓地を描く予定なので下田で墓地を探したいと言っていたばかりだ。まさか着くなり駅前に墓地があるとは知らなかっただけに、ぼくは妙に驚喜してしまったのだった。妻は柵の内側から「バスが出ますよオ」と叫んでいるが、ぼくの耳には届かない。
 タクシーで下田湾に面した黒船ホテルに荷物だけを預けて、湾内一周の黒船を模した観光船に乗り込んだ。われわれ以外に乗客の姿を見なかった。実にあっけなく港内巡りは終わってしまったが、妻は船が揺れるたびに必要以上に怖がった。そして、翌日Mさんが予定していたロープウエイには絶対乗らないと念を押していた。船着き場で客を待っていたタクシーを拾って市内見物をかねてY字路を探すことになった。絵にするのは難しいかもしれないが、ひとつの変わったY字路を発見した。入り組んだ街のあちこちに、なまこ壁の館や屋敷や土蔵が点在しており、史跡を見る思いだった。そんな入り組んだ街並を抜けたところに、了仙寺という日米和親条約の協定が締結されたというお寺があった。ここにはたくさんの黒船に関するコレクションがあり、日米両者が会した時のお互いが受けたカルチャーショックを絵にしたものが所狭しと展示されていたが、ぼくの眼はそれらの表面をクロスオーバー的に上っ面を泳いでいるだけで、見ているようで何も見ていないのだった。だいたい資料館ではいつもこんな感じである。長い歴史を経てきたせいか、湿ったような埃っぽい匂いが鼻をついて、どうもぼくはこの種の場所がニガ手なのである。
 だけどホテルに戻って買ってきた黒船や唐人お吉の資料本を読んで思わぬ知識を得ることができた。お吉の恋人はペリーとばかり思っていたら、後にやって来たアメリカ領事ハリスが評判の名妓お吉を見そめて侍妾にしたことや、それ以前にお吉には夫婦を約束した鶴松がいたことなど、お吉の一生は波乱に満ち、いかにも芝居の材料になりそうな悲劇的な人生を送ったことも知った。歴史に興味のないぼくだったが、下田を舞台に展開された黒船にまつわる物語はまるで絵巻物を見るようで、ちょっとした幕末異文化交流黒船博士になったような気分を味わった。
 下田港が眼下に一望できる部屋は和洋折衷になっていて、ベッドがあるのは嬉しかった。7階にある大浴場は湯煙で曇って内部がよく見えなかったが、ガラス窓に面して露天風呂があるようだ。また浴場の奥にはサウナ室もあるが、サウナには興味のないぼくは入浴だけで終えた。この夜はベッドだというのにどういうわけか睡魔に襲われず、結局朝方ウトウトしただけだった。朝風呂は部屋つきの露天風呂に入ることにした。海に面しているせいか塩分が多いらしく、湯舟の中で伸ばした体は足先からフワーッと浮上して、そのうち体まで回転するのだった。

横尾忠則の温泉主義

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