木村― 知事になると、最初はやっぱりいろんな誘惑とかあるんでしょうね。
田中― 最初は胡蝶蘭だのわんさか届きました。まるで銀座や新地のクラブかと思ったけど、全部送り返した。お盆にまた来たけど、また送り返したら、その後は来なくなりましたね。そういうところが都合が悪かったんじゃないですか。
木村― やっぱりいろんな誘惑にのっているほうが楽な部分ってあるんでしょうね、きっと。知らず知らず取り込まれていくというか。
田中― 小泉さんの郵政民営化に霞ヶ関の反発が意外に少なかったのは、役人の既得権に切り込んでない部分が多かったからですよね。つまり、民営化したほうが逆にもっと不透明になるわけですよ、ファミリー企業ができるし。その最たるものが道路公団で、1000億円も営業利益を上げてたって通行料金は下がらない。道路公団時代と違って、役員賞与も情報公開されない。
だから知事になって最初にやったのは、書類を全部フルネームで書かせるということです。役所の書類では担当者の欄に書かれるのは名字だけです。でも長野県では、小林なんて同じ課に三人もいますからね。フルネームで仕事をするということは、肩書という権威や匿名性ではなく、自分に与えられた権限を責任をもって行使するということです。それで、どの会合でもフルネームで写真入りのカードをつくって、常に「バイネーム」で仕事をしようとしたんですけど、やっぱりそれにも抵抗しますからね。
それと結局、役人の頭のなかも、国が言うことを疑わないんですね。彼らも偏差値教育の優等生ですから、「一人の人間に戻って考えましょう」って言うんだけど、「法律がこうだから」とか「補助金があるからもらわないと損」なんですね。
それを一番感じたのは、「給食に地元の食材を全部使う日をつくろう」と言い出したときです。教育委員会の人たちは「年間計画が決まっているからダメだ」と言うわけ。ところが農政部の人たちは「いいですね」と言う。教育委員会の人たちは学校給食会という文部科学省の全国組織があって、そこに自分たちのOBがいて、自分たちもそこへ行くかもしれないから言えないんですね。ただ農政部の人たちも、私が就任して、「三面張りのコンクリートの用水路よりも、オタマジャクシも暮らせる堀割の水路にしよう」と言ったときには、「せっかく補助金がつくのに」って言ってたんですね。土地改良では言えないけど、給食だと、職員である前に一人の父親や母親になったということだと思うんですね。だけど本来、職員とか政治家は一人の父親や母親や、まさに一人の国民や市民でなきゃいけないのに、いつの間にか肩書がつくと変容していっちゃうんですね。やっぱり消費者の視点が必要なんです。それから、弱肉強食の競争ではないけれど、やっぱり人間が人間にもどるための、よい意味での競い合いは必要だなと思いましたね。
木村― いろいろご苦労はあったでしょうけど、長野県では成果が上がったじゃないですか。赤字が減ったり、プライマリーバランスがとれたり、それだけの成果を上げたいい知事だと思うんですね。なのに、なんで長野県民は田中さんを選ばなかったんでしょう。
田中― それは、ある人が言ってましたけども、「利権を分配しなかったんじゃなくて、利権をつくらなかったからだ」ということですね。とりわけ政官業とか、いままでの県庁の周辺の利権分配のピラミッドに群がった人たちにとってはつらかったんでしょうね。
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