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藤井純一

就任一年目で日本一になった
(株)北海道日本ハムファイターズ社長

1949年8月10日、兵庫県宝塚市生まれ。関西大倉高等学校を経て、近畿大学農学部水産学科卒業。73年に日本ハム株式会社に入社、営業職として福知山出張所に配属される。その後、奈良営業所を経て、85年に本社営業企画部へ異動、NRシステムを考案・製造、意匠登録をする。87年広告宣伝室へ異動、CM・ラジオ・イベント制作などに従事。赤字脱却のミッションを受け、97年にJリーグ・セレッソ大阪取締役事業部長に就き、00年には同社代表取締役社長に就任する。04年に同社退社、日本ハム本社関連企業本部スポーツマーケティング担当部長となる。05年北海道日本ハムファイターズ常務執行役員事業本部長に就任、大幅な組織改革を断行。06年3月、同社代表取締役に就任するや、開幕戦4万3000人プロジェクトを成功させ、札幌ドーム満員を達成する。また、ファンイベントの開催、練習施設の一般公開、選手たちの学校訪問など、地域密着のためのさまざまな施策を打ち、主催試合観客動員数を160万人と、対前年比17.4%アップ。昨年、日本一に輝いた北海道日本ハムファイターズ、今年も北海道のファンの熱い声援に応えていくに違いあるまい。

「移転して成功だったと言われますが、北海道に移転しただけでよくなるわけはないと思っていました」

 名残り雪がはらはらと降る札幌ドーム、銀色の屋根は鈍色の空に溶け込んでしまいそうだった。3月上旬、オープン戦も始まり、球春と呼ばれる季節になったが、この球場は、まだ静かな眠りについているかのように見えた……5ヵ月前、ここで熱戦が繰り広げられたとは、まるで思えない。昨年10月、北海道日本ハムファイターズは中日ドラゴンズにナゴヤドームで連敗を喫するも、本拠地・札幌ドームに戻るや大歓声にも支えられ、24日、25日と連勝。勢いに乗って、10月26日、日本一に輝いたのだった――その立役者の一人が、㈱北海道日本ハムファイターズ代表取締役社長・藤井純一氏である。
 「日本一になれるなんて、誰も思っていなかった。前年が5位で、その前が3位。プレーオフには残りたいとは思っていましたけれど、リーグ優勝すらできるとは思っていませんでしたよ」
 そのとき、北海道は歓喜に沸き上がった。04年に北海道に誕生してわずか3年目、ファイターズは地元ファンの心をしっかりとつかんでいたのである。


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