ようこそ ゲストさん [ログイン]


トップページ > バックナンバー > フォトエッセイ たばこ百景 ~けむりのゆくえ~ > 

  • 印刷
  • 大
  • 中
  • 小
  • 1

フォトエッセイ(4)

 美空ひばり―。昭和を代表する国民的歌手。いや、彼女こそが昭和だった。
 その彼女がこの世を去ったのは、1989年6月24日。
 1989年―。つまり、平成元年。昭和を象徴する歌姫の死は、改元と時を合わせたように訪れた。
 昭和天皇の崩御に続く美空ひばりの訃報。国民の誰もが昭和の終わりと、平成という新しい時代を迎えた事を実感した。
 しかし、美空ひばりは昭和の歌手として終わらなかった。
 平成元年1月11日—。美空ひばりが没する5ヶ月前にリリースした1曲。それが「川の流れのように」だった。
 現在も歌い継がれる大ヒット曲「川の流れのように」は、平成の幕開けと、美空ひばり自身の人生のフィナーレを飾った。

 この名曲を世に送り出すために、たばこのけむりとともに、苦悩し、汗した男がいる。

 宅間正純―。

 現在、コロムビアミュージックエンタテインメントの専務である宅間は、レコーディング・ディレクター時代に美空ひばりの担当となり、「川の流れのように」を美空ひばりと出会わせた。

 運命の出会い―。

 歌手と歌を出会わせる、それがディレクターの仕事である。それが運命の出会いとなった時、ヒット曲となり、名曲となる。
 担当した歌手に、どのような曲を歌わせるか? ディレクターの青写真が全ての成否を決する。
 榊原郁恵の「夏のお嬢さん」、マルシアの「ふりむけばヨコハマ」、田川寿美の「女…ひとり旅」など、これらのヒット曲の数々も、宅間の仕事である。

 ヒット曲を生む苦難―。

 「夏のお嬢さん」のヒットも、まさしく苦悩の末にあった。宅間は「アル・パシーノ+アランドロン<あなた」、「いとしのロビン・フッドさま」とヒットを続ける榊原郁恵に、「夏のお嬢さん」を用意した。しかし、デモテープを聴いた宣伝や営業の部員たちは、「夏のお嬢さん」に難色を示し、榊原郁恵に歌わせる事に猛反対した。
 これまでの榊原郁恵のイメージと違うというのが、反対の理由だった。
 「会社が莫大な費用と人員を費やして育てた榊原郁恵を殺す気か」とまで言われながら、宅間は反対を押し切って、榊原郁恵に「夏のお嬢さん」を歌わせた。
 責任は全て自分が持つ、という宅間の覚悟が、反対意見を抑えた。結果は70万枚の大ヒットを記録。ディレクターは絶大な権限を有すると同時に、全ての責任も有する。つまりそれは、その覚悟も有しなくてはならない。「夏のお嬢さん」は、その覚悟があってこその、大ヒットだった。
 美空ひばりの訃報に駆け付けた宅間は、別れの対面をしなかった。最後の仕事の別れ際に見た美空ひばりの笑顔。それを、最後に見た美空ひばりの顔とするために。
 現在も1日40本を口にするという愛煙家の宅間。ヒット曲の傍らには、いつも「たばこのある景色」が存在した。
 紫煙の向こうに、昭和の景色が見える。昭和の歌が、聴こえる―。

(文/山田誠二)

Recommend

一青 窈 “BESTYO”
COCP-34052 ¥3,150(税込)
絶賛発売中!
コロムビアミュージックエンタテインメント

あなたの「たばこ百景〜けむりのゆくえ」受賞者発表

あなたの「たばこ百景〜けむりのゆくえ」に沢山のご応募ありがとうございました。ご応募いただいた作品の中から厳正な審査の上,受賞者が決定いたしました。選出作品はウェブ版ファイブエルにて掲載中です。ぜひご覧ください。

詳しくはこちらをご覧ください。 >>受賞者発表ページへ

フォトエッセイ たばこ百景 ~けむりのゆくえ~

一覧(6件)

[ファイブエル]バックナンバー