三島由紀夫文学館は林の中に佇んでいた。思ったより内部は狭く、三島さんの幼少時代の文章や絵以外にも貴重な原稿や写真も展示されているが、すでにどこかで見たものばかりだった。三島さんは、現在もアクチュアリティのある作家として、死後36年も経っているのに、次々と作家論や研究本が出版されているわが国でも希有な作家であるが、この資料館はなんだか博物館めいていて、ここには三島由紀夫の「今」がないように思えた。このままでは歴史の闇に中に消えてしまいそうな印象を与えかねない。もっと「今」という視点から常に流動している三島像を紹介していくコンセプトを持つ必要がある。
今回の絵は、この文学館をモチーフにするつもりだ。建物の一角にバルコニーがあるので市ヶ谷の自衛隊のあの事件に見立ててここのバルコニーに三島さんを立たせてみよう。空にはヘリが必要だ。ついでにゼロ戦も描くか。また門を入ったところがY字路になっているのには驚いた。この日は曇っていて富士山は見えなかったが、林越しに建つ建物の背後に富士山を描いてみよう。そして手前には三島邸にあるアポロ像。山梨県立美術館で見たミレーの種まきを描き入れよう。石和温泉のストリップ劇場もいい。ミュージックホールでギターを弾いていたお百姓の深沢七郎も描くといいね。それに救急車も描かにゃ。運転手は私淑するG・de・キリコだ。道路には棺桶がころがっている。これは誰が入るかな。三島さんかな、ぼくかな。そうそう温泉を忘れちゃ困る。露天風呂にしよう。畑のど真ん中に湧いたんだから、猿も入っただろう。まあこの世は、この世のように虚構だ。だから劇場の幕を描いて、この世は幻だよといわせよう。そうそう、ぼくの命を救ってくれた運命の女神が歯車に乗って救急車と一緒に走ってもらったことを忘れちゃなるまい。こんなことを帰りのタクシーの中で考えていた。
「今回の温泉はイメージが湧かないところだったので、ハプニングのために描く材料ができましたね」とMさんは笑って言った。
石和温泉
横尾忠則(よこお・ただのり)1936年兵庫県生まれ。美術家。昨年、パリのカルティエ現代美術財団で個展を開催し高い評価を得た。近著に『横尾忠則Y字路』(東方出版)、『病の神様』(文藝春秋)がある。2006年日本文化デザイン大賞受賞。「ルソーの見た夢、ルソーに見る夢」島根県立美術館(3月9日~5月6日)、「横尾忠則温泉主義」西脇市岡之山美術館(4月8日~9月30日)、「澁澤龍彦―幻想美術館」埼玉県立近代美術館(4月7日~5月20日)に作品を出品。また「横尾忠則Print Art展」ギャラリーNOW・富山(4月1日~4月15日)、「横尾忠則 新作版画展」番画廊・大阪(4月9日~4月14日)が開催される。6月と9月にはミラノで絵画の個展が開催される予定。オフィシャルホームページ http://www.tadanoriyokoo.com/
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