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シュリーマンが滞在した
麻布「善福寺」

 人間50歳を過ぎると、なぜか歴史に目覚める。
 過去への郷愁なのか、はたまたこれまでの懺悔か。とにかく無縁だった歴史が、突如重要な関心事として浮上する。
 加治もそうだった。女性に興味が薄れて、寂しいなあと思っていた矢先、ふと気がつくと歴史に取り憑かれていたのだから人生は面白い。
 なに、遅過ぎるって?
 なにをおっしゃる。シュリーマンを見よ。そう、「トロイの遺跡」を発掘したハインリッヒ・シュリーマンだ。
 この男が、考古学に目覚めて本格的に勉強し始めたのは45歳。あの頃の45歳だから、今の70歳あたりだろうが、その歳で歴史的偉業を達成したのだから、人間、遅過ぎるということはないのである。
 シュリーマンがギリシャ神話を読んだのは7歳。極貧の環境から、やがて事業家となり、富を築いてゆく。同時に神秘への憧憬も膨れ上がり、晩年、考古学を熱愛するのである。偉人は、おしなべてロマンチストだ。
 頭から離れなかったのは、幼いころに読んだ『イリーアス』。当時この物語は、ホメーロスの作り話だというのが世の常識だった。であるから専門家からは馬鹿にされ、周囲からも疎んじられたが、しかしオヤジになっても不退転の志は変わらず、トルコのトロイヤ地方に乗り込んだのである。
 素人であった。無手勝流であった。だがシュリーマンは自分を信じ、ロマンを愛し、私財をバンバン投じる。
 輝けるトロイの遺跡の発掘。熟年の偉業。こんな男がどこにいる? そこに加治は打たれるのだ。
 そのシュリーマンが、幕末の日本を訪れていたと言えば、かなり驚くだろう。
 事実である。日本上陸は1865年6月4日。43歳、時期的にはまだ考古学に目覚める一歩手前だ。
 滞在は約一月。極東の都、着物に二本差しがかっぽする江戸に目を見張り、様子を「旅行記」に書き残している。
 「この国の家には、家具がない。畳が床になり、ベッドになり、ソファーになり、テーブルになっている」
 そしてシュリーマンは考える。
 「ヨーロッパ人は、家具調度品をそろえようとして競うから結婚難になる。富裕層しか結婚できないのだ……日本にきて気がついたのだが、ヨーロッパ人が血眼になって買いそろえる豪華な家具などは、文明が作ったもので、そんなものがなくても充分に生活できるのだ」
 と、日本のシンプルさを誉めている。
 日本人としては、単に便利なものを知らず、かつまた貧乏であったからシンプルライフにならざるを得なかっただけで、なんとなく気恥ずかしい気もするが、たしかに一理ある。
 そしてシュリーマンは続ける。
 「ある民族の道徳を、他の民族に比較して云々することは難しい」と教養人らしい前置きをつけて、日本の売春制度を感心し、語っているのだ。
 「政府は売春を是認している……正妻は一人しか認めないが、妾を自宅に何人囲おうが自由だ。貧しい親が、娘を売春宿に売るのは法律で認められている」

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