たしかに人身売買は、当時ポピュラーだった。
「日本での売春は、かならずしも恥辱とか不名誉を伴うものではなく、他の職業とくらべてなんら見劣りすることのない、まっとうな生活手段としてみなされている。娼家(しようか)を出て正妻になったり、花魁(おいらん)や芸者を務めたあと、結婚することも普通だ」
そしてシュリーマンは、有名なお寺の神聖なる本堂に『花魁の肖像』が飾られているを見て、唖然と立ち尽くすのである。
「まさか、日本人が花魁を尊い職業だと考えていようとは夢にも思わなかった。この国の人は、彼女らを崇(あが)めてさえいる」
アメリカ領事館の統計によると、幕末当時の娼婦人口は推定で約10万人。日本の人口は、ざっと3000万人だったから、現代の比率で換算すると、およそ40万人が娼婦ということになるから、たしかに目立つ。
さて、幕末の日本は鎖国中である。攘夷テロが横行し、外国人はとうぜん外国人居留地に閉じ込められている。
だがシュリーマンはコネを駆使して、危険極まりない江戸に向かう。
手引きしたのはグラバーだと「旅行記」には書かれている。グラバーというのは、あの長崎のグラバー邸の主。倒幕外国人御三家の一人だ。まったくもって油断がならない英国人であるが、シュリーマンの滞在先は、麻布にある善福寺と記されている。
加治はじっとしていられなくなり、善福寺に向かった。地下鉄、麻布十番駅で下車。
ちょうど昼時、更科堀井に寄って、季節ものの「深川蕎麦」を食す。旨い! 熱い蕎麦の上にアサリのむき身と白髪ネギがたっぷり乗っていて、生姜との相性が絶妙である。
蕎麦は早い。さっと食べ終っちまうところが、独り旅には、ぴったりなのである。
シーズンは桜。視線を左右に散らしながら徒歩15分で、善福寺に着く。
残念なことに本堂は修理工事中。しかし、ショボくれた外観とは裏腹に、実に多くの、そして意外な歴史を秘めた寺なのである。
開山の古さは都内で二番目、824年。あっと驚くのは、あの弘法大師、空海が高野山を模して作った寺だということだ。
それだけに、かつてのスケールはでかい。本堂は麻布だが、参門はなんと虎ノ門だったというのだから、こいつは想像を絶する広さだ。
驚くのはこればかりではない。幕末時、アメリカ公使館がここに置かれていたのである。初代公使、ハリス。テロで物騒な江戸に頑張った外国高官は、唯一ハリスだけで、他の英仏蘭露伊独は、みな横浜居留地に引っ込んでいた。ハリスは骨っぽい! と思っていたら、本当は、若い妾が江戸にいて離れがたかったという噂もある。
善福寺は亀山天皇の勅使寺、すなわち南朝の寺なのである。そんなわけで、神社でもないのに、中門には天皇を示す菊のご紋が怪しく輝いている。
南朝の寺にアメリカ公使館が入り。そして、フリーメーソンと目される倒幕の黒幕、グラバーが案内し、ドイツ・フリーメーソンのシュリーマンが滞在しているのだ。
さらに言えば、善福寺には福沢諭吉の墓もあるのである。
そこには、濃い霧が渦巻いている。その驚愕の秘密は、今発売中の拙著『幕末維新の暗号』(祥伝社)ですべてが明らかになる。
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シュリーマンが滞在した
麻布「善福寺」
加治将一(かじ・まさかず)小説家・投資家。1948年、札幌市生まれ。1978年に渡米。15年間、保険、貿易、不動産関係の業務に従事。帰国後、執筆開始。著書にベストセラー『借りたカネは返すな!』等のビジネス書、『石の扉』などがある他、『妻を殺したのは私かもしれない』『借金狩り』等のサスペンス小説作品も評価が高い。近著に大評判の『性善説は死を招く』『あやつられた龍馬』がある。『幕末維新の暗号』好評発売中!
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