Mさんや妻との行動を考えてみても、そうしようと決めてやっているのではないから、何か別のルールが働いているように思える。だからあれこれ意味づける必要もなく、なるようになるとか、どうでもええやんけみたいな、自分を客観視する視点が生まれてくるのだ。これも古稀を迎えていよいよ老境に入ったために、能動と受動の間で気づく感情なのかもしれない。
今回の温泉は、かつてMさんが三度にわたって訪ねたことのある顔なじみの旅館で、Mさんには縁のある場所である。その場所にわれわれ夫婦が御相伴(ごしょうばん)にあずかったというわけだ。これも流れに乗ってやってきたわけだ。それもあと二日遅ければ、旅先で能登半島地震に遭遇して、地震のあおりを食って運行中止した新幹線で戻れなかったかもしれない。
岩室温泉のそばには良寛さんが約20年間居を構えた草庵がある。そういえばこの間、良寛さんに関する中野孝次さんの本などを二冊ほど読んだばかりだった。その理由は老いの生き方に良寛さんを通して触れてみたかったからだ。ある意味で良寛さんの生き方には憧れるものがあるが、あれはあれで良寛さんが自らに約束した運命を果たしただけで、ぼくに良寛さんと同質の運命因子がない以上、ぼくはぼくの生き方しかできないというルールに従うしかない。それにしてもついこの間のことだっただけに、まさか良寛さんの地に来るとは思いも寄らなかったけれど、このことをとくに気にすることもなかった。こういう出会いを今までだったら、シンクロニシティだといって喜んだものだが、最近は別に共時性の神秘をことさら大げさに考えることもなく、ごく自然であると思うようになった。
今回の宿の高島屋はMさんによると、「女将さんがとても活動的で顔の広い方で、良寛さん関係で訪れた人に対してはとくにいろいろ便宜をはかってくれていました」ということである。またこの旅館は250年前の江戸時代に庄屋屋敷だった建物である。がっしりした木造建築には歴史の時間が刻まれている。フロントになっている所に囲炉裏があって、部屋の周囲の高い所の壁には山本芳翠に似た和風洋画が数点展示されており、その中の一点にはこの高島屋七代目の高島庄左衛門道順が眠っている枕頭に立つ老翁の絵が描かれていた。この老翁は三日間庄左衛門道順の夢枕に立って、この地に霊泉があることを霊言したという。温泉の発掘にはこのような「遠野物語」的な霊現象がしばしば記録されている。この連載11回の秋保温泉で見た霊夢は今回はなかったが、そんな思いで入る温泉はどこか霊験灼(あらた)かな霊泉であったような気分にさせられたのである。
岩室(いわむろ)温泉
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