降りた駅は燕三条で、そこからタクシーで波の高い海岸に面した寺泊の魚市場で昼食をとって近くの水族館を見物したあと良寛さんの草庵経由で岩室温泉郷に入った。今回もY字路と墓場を撮影し、それと郵便局を廻った。良寛さんが住んでいた草庵の五合庵をY字路の真ん中に配置して、高島屋にあった五右衛門風呂を道路に埋め込んでみよう。この発想はダンテの「神曲」から浮かんだ。と同時に、戦後の焼跡風俗のひとつであったドラム缶風呂を想い出した。さらに進駐軍も描いてみたくなった。五右衛門風呂には良寛さんに思慕した貞心尼との混浴も色っぽい。そうだ、草庵の中には良寛さんと貞心尼をミレーの「晩鐘」のポーズで立たせて宗教的な雰囲気も表現してみよう。高島屋の夢枕に立ったという老翁を波の高い寺泊の海岸で波乗りをさせてみよう。またぼくの絵に度々描かれるメビウスの輪を今回はオブジェとして配置したい。それじゃ前回同様「運命の女神」も再登場だ。カメラを構えてこの絵を描いているぼくを画面の中から撮ろうとしているMさんも必要である。
こんなイメージが次から次へと温泉の湯につかっているとシュールレアリズムのオートマチズムみたいに連鎖的に発想されてくる。それをただ描いていくだけだ。描いていく過程でさらに発想がふくらむ。なんだか子供の発想に近づいているような気がしないでもない。この「温泉主義」の一連の絵はぼくのもうひとつのバージョンになりそうだ。でも飽きっぽいぼくのことだ、果たして何点位この手の絵を描くことになるのだろうか。ぼくがこれらのシリーズでやりたいことは一種の歴史画なんだ。
それにしても次から次に浮かぶ妄想に従っていると今回も未完に終りそうだ。そういえばぼくの作品の大半というか、全てといってもいいが、厳密な意味での完成作品はない。筆をどこで置くかが問題だけれど、それさえ問題にしないことにしている。見る方だって未完の方が想像力を働かせることになるから面白いんじゃないかな。だって未完そのものが謎なんだから。
岩室(いわむろ)温泉
横尾忠則(よこお・ただのり)1936年兵庫県生まれ。美術家。昨年、パリのカルティエ現代美術財団で個展を開催し高い評価を得た。近著に『横尾忠則Y字路』(東方出版)、『病の神様』(文藝春秋)がある。2006年日本文化デザイン大賞受賞。「ルソーの見た夢、ルソーに見る夢」島根県立美術館(3月9日~5月6日)、「横尾忠則温泉主義」西脇市岡之山美術館(4月8日~9月30日)、「澁澤龍彦―幻想美術館」埼玉県立近代美術館(4月7日~5月20日)に作品を出品。また「横尾忠則Print Art展」ギャラリーNOW・富山(4月1日~4月15日)、「横尾忠則 新作版画展」番画廊・大阪(4月9日~4月14日)が開催される。6月と9月にはミラノで絵画の個展が開催される予定。
オフィシャルホームページ http://www.tadanoriyokoo.com
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