10代でアラブ世界へ留学、20代で結婚・離婚、
30代でニュースキャスター、
40代で政治の世界へ、そして50代で環境大臣就任
いまもっとも注目を集める女性に聞く
クールビズ、東京10区、そして50代とは――
小池百合子
うつくしき遍歴
(こいけ・ゆりこ)1952年兵庫県芦屋市生まれ。76年カイロ大学卒業。79~85年日本テレビ「世相講談」アシスタントキャラクター、89~92年テレビ東京「ワールド・ビジネス・サテライト」メインキャスター等。92年の参議院選挙に初当選以来、国政選挙に六戦六勝。03年には環境大臣就任し、04年には内閣府特命担当大臣(沖縄及び北方対策)を兼任。2025年に向けて「ハーブ(HERB)構想」――ヘルシーのH、エコロジー・エコノミーのE、リッチのR、ビューティフルのBという環境と経済の両立を目指した構想を提唱している。
チャレンジすることが楽しかった
木村― お生まれは芦屋で、甲南女子高校を経て関西学院大学に入られた。そこを中退してカイロ大学に行かれたわけですね。それはどうしてですか?
小池― 私は会社という組織の中で働くよりも、まず自分の腕に技をつけようと考えました。それで最初は英語を勉強しようと思ったんですけど、英語はこれからは「通常兵器」にすぎない、それならプラスアルファーがなければ戦えないと考え、これからの日本にとって必要不可欠な地域はどこかと絞った結果がアラブだったわけです。
私は、そういうことを17歳で考えたんですね。10代では何をし、20代では何をするかを。こういう自分の考え方を私は「人生マーケティング」と言っています。
木村― 小学校の頃から、将来はこうなると思っていたんですか?
小池― その頃は、ふつうのかわいいお嬢ちゃんでした。誰も言ってくれませんけど(笑)。お洋服はかわいいのを着ていましたよ。母が作ってくれました。母は、子供の頃から、「流行っていても、あなたに似合うとは限らない。自分にあったものを着なさい」「みんなと同じことをやっててもだめ。自分に力をつけて、自分で生きていきなさい」と言ってました。
木村― 普通に成人して、結婚するというプランはなかったんですか。
小池― 母が、「結婚しても何があるかわからないから経済力を付けなさい」と言ってましてね。付きすぎましたけど(笑)。でも一度結婚して、出戻ってます。いろいろチャレンジすることの方が楽しかったんですね。
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