木村― 竹村健一さんとやっていらした「世相講談」や「ワールド・ビジネス・サテライト」のキャスターを経て、政治の世界に入られるわけですけど、なぜ政治だったんですか。
小池― 「ワールド・ビジネス・サテライト」で私がキャスターを務めたのは、ちょうど金融バブルが崩壊していく時期でした。株価・為替といった日々のマーケット情報は、人間の体でいうと、体温や血圧など、体の状態を示すものです。その頃の日本経済は、的確な処置をしなければ手遅れになるという数値でしたが、何もなされなかった。ニュースを伝えながら、これは政治の責任だと痛感しましたね。しかも、ベルリンの壁が壊れ、ソビエト連邦が崩壊し、湾岸戦争が起こりと、世界がダイナミックに変わっていく時代でした。日本の動きは10周遅れみたいな気がして、これは政治の感度、スピードがあまりにも遅いと義憤にかられたんです。
当時、細川護煕さんが日本新党を立ち上げた直後で、しがらみのない政党に魅力を感じました。ゼロから始められると期待したんですけど、実際にゼロだった(笑)。
政治の力で改革のスピードアップをしようというのが私の一貫した考えです。今回も選挙の舞台は変えましたが、基本的な中身はなにも変えていません。
木村― 9月の総選挙では、比例区には重複立候補しないという、退路を断ったかたちでの戦いでした。「いい度胸をしてるなあ」と思ったんです。「バッチがなくなるだけ」とおっしゃってましたけど、そうは言っても、保険をかけておきたいものですよね、人間って。絶対勝てるという自信があったんですか。
小池― はっきり言って、勝てると思ってました。党から説得されて出馬したように言われてますけど、そうではないんです。「郵政法案に反対したのは誰だっけ……」と思って、前回の選挙の得票数や得票率が書かれた『国会便覧』を参考に、自分をその選挙区に当てはめてみたら「有権者はどう受け止めるか」が瞬時にわかりました。即決でした。
選挙というのは、有権者の心理で結果が動きます。安全ネットがあれば有権者に訴える迫力がなくなります。迫力をもって戦うことが運動してくれる人たちにも緊張感を与えますし、私自身も気合いが入ります。マイナス要素よりもプラスの要素のほうが多いと思ったんです。
それに、たとえバッチがはずれても、年老いた両親とワン子を食べさせていくことぐらいはできますしね。
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