「節目節目で中国から声がかかったり、人生って楽しいじゃないですか」
昨年12月、シンクロナイズドスイミングの元日本代表ヘッドコーチの井村雅代さんがなんと中国代表のヘッドコーチに就任するというニュースが流れ、スポーツ界に激震が走った。
日本のシンクロの歴史は井村コーチとともにあったといっていい。1978年の世界選手権ベルリン大会から27年間代表コーチを務め、84年ロサンゼルスオリンピックでシンクロが正式種目になってからオリンピックではずっとメダルを獲得してきたその立役者である。またシンクロというスポーツが世の中に浸透していった背景には、プールサイドから時に罵声を浴びせるような井村コーチのあの独特ともいえる激しいスパルタ指導法も、シンクロというスポーツの過酷な練習とともに私たちの脳裏に焼きついている。いわばシンクロ界の顔なのである。立花美哉・武田美保のデュエット、チームそれぞれ銀メダルを獲った2004年アテネオリンピック終了後、日本代表ヘッドコーチを勇退していたが、このニュースが流れたタイミングが、ドーハアジア大会でデュエット、チームとも中国に敗れるという大番狂わせの後だっただけに、よけいにシンクロ界はショックを受けた。そして今年3月の世界水泳メルボルン大会では、就任2ヵ月で中国をデュエット、チームともに過去最高の4位に導き、2年後の北京オリンピックではまさに日本の地位を脅かすライバルに引き上げた。
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1950年8月16日生まれ。天理大学卒。小学生の時に大阪の浜寺水練学校で水泳を教わり中学生でシンクロを始める。シンクロ選手として日本選手権で2度優勝しミュンヘンオリンピックに公開競技として出場。大阪市の中学校で保健体育の教諭を務めながらシンクロの指導者となり、85年からは「井村シンクロナイズドスイミングクラブ」を主宰し、シンクロ選手の育成に専念する。78年から日本代表コーチに就任し、以後6回のオリンピックでメダルを獲り続け、01年世界水泳福岡大会ではデュエットで世界大会初の日本人金メダルを獲得。04年アテネオリンピック終了後、日本代表コーチを勇退。今年、中国代表チームのヘッドコーチ(監督)に就任した。

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