でも金は必要なものである。いまの世の中でそれは致し方ない。だから頭から金を忌み嫌うというのはおかしな話だ。また高野連に戻るが、プロ野球の裏金問題で、金銭を頭から忌避して、野球を金銭とは無縁な高潔なスポーツとする考えは、どうも怪しい。生活費はどうするんだといいたくなる。
ぼくはプロ野球が大好きだ。でもあまり球場まで見に行かないので、優良なファンとはいえない。つまり入場券も買わず、金を使っていない。ということは、高野連的には高潔な野球ファンということになるのだろうか。
いや、嫌味をいっちゃいけない。でもプロ野球にかかわる裏金問題を、全部否定できるかというと、その考えは青い。
早い話が新聞の勧誘に、各社必ず洗剤や何かを持ってくる。あれは物だけど、現実には裏金じゃないだろうか。
どうせなら高野連が、新聞の勧誘に裏金はいけない、といってほしい。新聞は金銭とは無縁の高潔な報道なんだと、まあ高野連がいうはずはないが、たとえばカメラの量販店で、3割4割引きは当り前、といっているのは、あれも高野連的には裏金の疑いがある。
ここまでを要約すると、金は必ずしも不潔なものではない。裏金だって、時と場合によっては当り前に顔を出す。不潔なのは、金勘定ばかりしている頭のことだ。
昔はそういう人間はばかにされていた。ぼくが子供のころ、映画で、もう戦後だったが、裏のありそうな悪い奴が出てくる。フチ無し眼鏡をかけて、高級そうなタバコを吸って、ソファでだらんとしている。机の上のラジオからは、株式ニュースが「○○電気2円安、○○物産5円高……」とか単調に聞こえていて、その腹黒い男は陰で株をやって儲けているのだ。株屋というのは、そうやって陰で儲けている腹黒い奴と、映画などでは描かれるのが常識だった。
もちろん歴史上、人の世に商取引があらわれてから、金に力があることはわかっている。物の力が金に乗り移ることのあるのはわかっている。でも人の世はまず人で成り立っているわけだから、金は陰に控えるもの、表には出ないものという暗黙の了解があった。金が力づくで出ようとしても、人の壁で抑え込まれていた。
金融ファシズム
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