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那須温泉

 どこに行っても無意識にY字路を探してしまうが、われわれが宿泊することになっている旅館「山楽」に入るアプローチがY字路になっていたのは嬉しかったなあ。昼も過ぎていたので、とりあえず荷物だけを旅館に預けて近くのホテルで昼食をとることにした。このホテルのロビーには、クリムトまがい、平山郁夫まがい、絹谷幸二まがいの、誰それまがいという大作が居心地悪そうに壁に掛けられていた。
 静養に来たんだから今日は出歩かないで夕食まで温泉に入ったり部屋でくつろいだりすることになった。Mさんも妻も明るいうちに温泉に入ったようだったが、ぼくはいつも寝る前に入ることにしているので部屋のソファーに寝ころんで江戸川乱歩の少年探偵団シリーズの第10巻『鉄塔王国の恐怖』を持ってきていたので読むことにした。特に古稀を迎えて以来、10代の読書体験を反復するのが最近の習慣になっている。きっとぼくの魂が最も生き生き活動していた時代を反復したがっているのかもしれない。このことは読書に限らずあらゆる面で10代返りが始まっているような気がする。
 旅の楽しみのひとつは食事であるが、夕食には食アレルギーを起こした山菜料理が並ぶ。味覚を楽しむ以前に口にする食物すべてが実験なのである。どの料理が原因なのかわからないが、食べ終わった頃、口の中に膜が張ったような状態になったり、舌先が軽く痺れたりするのである。これもきっと老化現象のひとつであると思うが、といって老人すべてがなるわけではない。昨年だったか『病の神様』という45種類の病気体験の本を書いたが、この分では続編もたいして時間を待たなくても書けそうだ。
 というわけで一日が終った。翌朝は、箱根大涌谷というか、恐山というか、草津の賽の河原というか、それらのどちらでもあるし、どちらでもない殺生石の地蔵群を見に行った。赤い頭巾をかぶって大きい手で合掌した五百羅漢のような無数の地蔵がひしめき合って並んでいる光景は浄土さながらである。このあと「ニキ美術館」に行くが、ここももうひとつの浄土であった。女流彫刻家ニキ・ド・サンファルの原色のエロティックで豊饒な女神像に囲まれていると、まるで女神自身の胎内巡りをしているような幻想に酔うのであった。ぼくがニキに会ったのは1980年に画家に転向した頃で、美術評論家の東野芳明さんに連れられてパリ郊外の彼女の家を訪ねた時だった。刷り上がったばかりのリトグラフの版画を誉めると、喜んで一枚プレゼントされた。部屋に流れている音楽も誉めると、そのレコードもプレゼントされた。ここ那須のニキ美術館は館長の増田静江さんが作られたもので、この日お会いして今は亡きニキの話をたくさん聞きたいと思っていたが、あいにく不在のため、ご子息が応対して下さり、帰りにはニキの画集を頂いた。

横尾忠則の温泉主義

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