スケジュールに空きができ、事務所で所在なさげにしていると、秘書の女性から「そろそろじひょうを!」との催促を受けた。「ついにこの日が来たか」、じひょうを辞表と取り違え、覚悟を決めつつペンを執ったところで我に返った。彼女が言ったのは「辞表」ではなく「時評」のことだった。サラリーマン生活に別れを告げる時に書いた辞表のことが、強い心理体験となっていて過敏に反応してしまったのかもしれない。
こんな聞き違えは他にもある。居酒屋で店のおやじが客からオーダーを取る際に、「ビニール本」と言われ、怪訝(けげん)な顔をして固まっていると、「ビール2本」のことだったとか。これなども、おやじの頭の中に「ビニール本」という単語が強くインプットされていたからこその間違いなのかもしれない。
刷り込まれた言葉が行動を規制するという例は多い。「言葉の呪縛」というやつである。「いっしょうけんめい」という言葉も然り。「一生懸命」と書くが、「一所懸命」が本来の形である。中世の武士が先祖伝来の所領を命懸けて守ったことに由来し、切羽詰った状況に使われた。近世以降、「一所懸命」は「命懸けて何かをする」といった意味だけが残ったため、「一所」が「一生」と間違われて「一生懸命」となり、発音も「いっしょけんめい」から「いっしょうけんめい」に変わったとか。
「いっしょうけんめい」を「一生懸命」と書くのは誤用とされることもあるが、「いっしょう」と発音されるのは「一所」が「一生」と間違われた後のことで、「いっしょうけんめい」の漢字は「一生懸命」で正しいという。
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言葉のトラウマを脱しよう
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