郷里の西脇市岡之山美術館でこの「温泉主義」に発表した絵を集めた展覧会が開かれるとMさんに話したら「ぜひ観てみたいですね」ということになって、「じゃ兵庫県のどこかの温泉に行きましょう」というわけで湯村温泉に行くことになった。兵庫県の有名な温泉といえば有馬と城崎ということになっているが、兵庫県出身のぼくが湯村温泉の存在を知らなかったのは不覚であった。だけどテレビや映画で有名になったあの「夢千代日記」の舞台ですよと聞かされて初めて認識する始末でありました。
最初の日は先ず西脇に入って、Mさんにこの連載と同名の「温泉主義」と題する展覧会を観てもらった。こうして18点の作品を一堂に集めて見るのはMさんと妻はもちろん、ぼくも初めてだった。内的な欲求で制作した作品と違って今回のように外的な要因に従って描いた作品群である。そこにはかろうじて「温泉」という主題はあるものの温泉をイメージできないものもあり、様式だって統一されないままバラバラのスタイルの絵が並んでいた。Mさんが言うには「このシリーズには意図せずして横尾さんの今までのテーマやスタイルがいろいろなところに現れながら、なおかつ横尾さんの基本的な絵画性がある方向に向かっているのを感じさせますね。また最近の寓話的ともいえる世界は、様式とかテーマというものから、それらを包含しながら絵画のより本質的なものに近づいていっているように思います」と評してくれた。特にそれを意識したわけではないが、自然に表れているのだろうと思えた。だからかえって統一されたイメージに縛られることがなかったように思う。
こうした表現方法自体がどこか現場主義的なので、むしろ対象がぼくの中に潜んでいる様式を引っぱり出してくれ、ぼく自身も思いもよらない絵を創り上げてしまうのだった。はからずも対象がぼく自身を解明すると同時に対象もぼく自身によって解明されていくように思えるのだった。そういう意味ではこの温泉シリーズの作品は創作における苦痛などと無縁で、むしろ三昧気分で描いたのでほとんど全ての作品が愉悦の中で生まれてきたといってもいい。
Mさんはぼくの創作の背景になっているに違いない「西脇」を見たいと言い出したので、ぼくの実家跡や小学校や父親とよく釣りに行った鉄橋の下など、いくつか子供の頃の想い出の場所に案内した。Mさんが特に感動したのは昭和10年に建てられた木造建築の、当時国民学校と呼ばれていた小学校の校舎だった。ほとんど当時のまま現在も使用している建物の中には、ぼくの子供時代の記憶や想い出や体験や歴史がそのまままるでアカシックレコード(宇宙の記憶装置)のように保存されている、そんな感覚と共振したのか、Mさんはしばしこの場に縛りつけられているように思えた。別の言い方をすると、Mさんはぼくの創造の源泉に触れたことを体感してくれたのかもしれないとぼくは感じたのだった。
湯村温泉
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