高校、大学、実業団、どこでも「ほんとに弱かった」選手が
オリンピック二大会連続出場で、連続のメダル獲得!
大切なことを教えてくれた先生、才能を見抜いてくれた監督との出会い
走り続けることの苦しみ、それを乗り越えての栄冠……
有森さんのお話は、マラソンのように、ドラマティックでした。
有森裕子 元マラソンランナー
体より気持ち
(ありもり・ゆうこ)1966年岡山県生まれ。スポーツの名門就実高校、日本体育大学を卒業して、89年(株)リクルート入社。マラソン初レースは90年の「大阪国際女子マラソン」6位、2時間32分51秒は初マラソン日本最高記録。91年同大会2位、2時間28分01秒は当時の日本最高記録。92年のバルセロナオリンピックでは、レース終盤にエゴロワと死闘を繰り広げ2位でゴール。96年のアトランタオリンピックでは、ロバ、エゴロワに続く3位。2大会連続のメダル獲得は、日本の女子陸上選手でははじめての快挙。また96年には、日本人ランナーとしてはじめてのプロ宣言。98年、アメリカ人のガブリエル・ウィルソンさんと結婚。2002年アスリートのマネジメント会社「ライツ」設立。マラソン選手としては、2001年の東京国際女子マラソンの後休養を宣言。今年2月の東京マラソンに出場し、このレースをもって競技生活から引退した。
木村― 有森さんは、若い頃から天才ランナーで、名門高校、大学へ進まれて、リクルートへ行かれて、なんの波乱もない競技人生を送られた方だと思ってたら、プロフィールをくわしく拝見するとぜんぜん違うんですね。
有森― はい、もう大違いです。
木村― どんな子どもさんだったんですか、岡山の頃は。
有森― 母が言うには、とにかくじっとしているのがいやで、目を離すと飛び回っているような、落ちつきのない子どもだったようですね。
木村― その頃から、足は速かったんですか。
有森― いえ、そんなに速くはなかったんです。生まれたときに両足股関節脱臼で、みんなと同じような歩き方ができるまでにちょっと時間がかかったものですから、まあ「中の下」ぐらいですかね。
木村― じゃあ体育の時間なんかは、そんな得意でもなかったわけですか。
有森― 得意というわけではないんですけど、勉強よりは好きだったので、頑張ってはいました、いちおう自分なりに。
木村― お母さんが学校へ呼び出され、先生に逆襲したとか……。
有森― 先生が「注意力散漫」とか、私の欠点ばかりを母に言ったものですから、母が「そんなのはわかってる。私がふだん見られないいいところを聞きに来た」と言い返したら、先生はびっくりして、「あっ、天真爛漫で……」ということになったようです(笑)。
木村― それで、どうして走ろうと思われたんですか。
有森― 小学校のときに私の大好きな先生が教えていた陸上クラブに入ったんです。そのときに先生が、「有森は、とにかく頑張ることはできるから、頑張り続けることができるものをとにかく見つけろ」って。それでなにか一つ見つけようと思って中学校へ進んだんです。そこで、たまたま体育祭で誰もやりたがらなかった800メートル走に挑戦して、はじめて勝てたんです。
木村― その小学校の先生、すばらしいですよね、ほめるっていうのはね。それで名門就実高校へ行って陸上をやるわけですね。
有森― 本当は進学校に進みたかったんですけど、ちょっと成績がよくなかったものですから、やはり走ることしかないということで、部活で走ることが盛んな就実に行ったわけです。
木村― そんな名門へ行くと、すばらしい選手がみんな集まってるじゃないですか。そんななかでどうでした。
有森― あまりそういうことを気にしなかったですね。とにかく自分がやりたいことは何か、それをやろうと、ただそれだけだったものですから。
木村― いい性格ですよね。どうだったんですか、成績は。
有森― ぜんぜんだめでした。国体、インターハイ、地方の地域の大会、もう見事に全部だめでしたね(笑)。
木村― それでも日体大へ行こうと……。
有森― 小学校のときから、なにか一つできることを身につけて、それを生かして体育の先生になりたいという夢があったんです。
木村― 大学での成績はどうだったんですか。
有森― 一年目にいきなり、関東インカレで3000メートル2位になったんです。
木村― すごいじゃないですか。
有森― はい、みんなびっくりしました。私もびっくりしたんですけど(笑)。
木村― なにが変わったんでしょうね。
有森― やはり気持ちですかね。気持ちが大事だなとその頃から思い始めました。
木村― 気持ちでそこまでいけるというのは、並大抵の気持ちじゃないと思いますけどね。
有森― なにもないとそうなるんですね。気持しかないという。
木村― それで大学を出られても、先生にはならなかった……。
有森― そうですね。大学4年のときに、教育実習で母校に帰ったんですが、そこでたまたま練習もなにもしていない状態で記録会に出たんですね、3000メートルに。そこで自己2番目の記録を出してしまったんです。これはいったいどういうことだって(笑)。もう少し走りを追求してみるべきではないかと思って、ちょっと方向転換することになったんです。
![[ファイブエル] 団塊世代のエンターテイメント誌 Entertainment Premium Magazine](/img/header_title_in.gif)

![[ファイブエル]バックナンバー](/img/side_backnumber.gif)