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天橋立温泉

 京都駅で合流した瀬戸内寂聴さんと特急「はしだて号」で天橋立駅に向かう。城崎温泉に続いて2度目のゲスト参加が再び瀬戸内さんになったのは理由がある。昨秋の文化勲章のプライベートのお祝いをぜひ裸でということで天橋立温泉に行くことになったのであります。
 この日は全国的に雨。雨切り名人を自認される瀬戸内さんにぜひお願いしたいものだ。瀬戸内さんが右手の握りこぶしを振り上げて「エイ」という呪文を唱えると、あら不思議、雨はピタリと止むという伝説がある。
 「家を出る時「エイ」と一声上げたので、ほらごらん止んできたじゃない」。電車が京都駅を発車した頃、たぶん気のせいだと思うけれど、「アッ本当だ止んできた、きた」と全員リップサービスで瀬戸内さんを持ち上げる。それも束の間、天橋立駅に着いた時は以前にも増してジャアジャア降り。それでも瀬戸内さんは神通力を信じて「エイ」の連発。改札口を出たとたん、いきなり耳に飛び込んできた引導の一喝のような「エイ!」という声にびっくりした。この人混みの中で瀬戸内さんはなんて大きい声を上げたのだろうと。その瀬戸内さんが目を白黒させて自分で驚いているではないか。「エイ」の正体はどこかのおっさんのくしゃみだったのだ。あんまりタイミングがよすぎたので専売特許の瀬戸内さんまでたまげて、「自分が上げた声かと思った」なんて、自分と他者の区別がなくなった瀬戸内さんにぼくは腹の底から笑った。瀬戸内さんの「エイ」もどこかのおっさんの「エイ」も全く神通力がなく雨は情け容赦なく降り続ける。これじゃアマノハシダテじゃなくアメノハシダテじゃ。
 今晩泊まる松露亭の姉妹店の対橋楼で昼食を取ったあと、タクシーで天橋立の対岸の一宮を経て伊根町の舟屋見物に行くことにした。天橋立を渡ればすぐ着くのだが車は天橋立内の走行を禁止されているので対岸まで行くためには阿蘇海をグルッと一廻りすることになる。だから距離は天橋立を渡る六倍の距離になる。天気がよきゃ天橋立を歩けばいいのだが、この雨じゃねえ。途中天橋立が一望できる絶景地点があったがケーブルカーが嫌だという瀬戸内さんと妻、そしてぼくの三人の拒否反応で残念ながら股のぞきができなかった。あとでわかったのだがケーブルカーをロープウェイと勘違いしていたのだった。

横尾忠則の温泉主義

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