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檜垣誠司

斬新な経営改革を進めている りそなホールディングス新社長

顧客重視こそ最大の目的

 檜垣社長が大学卒業後、就職した大和銀行は1918年、大阪野村銀行として創立。信託併営銀行として、独自の立場を築き、積極的に海外へも進出。
 また、90年代にはコスモ証券を子会社化、銀行・信託・証券の一体経営を行う日本初の「ユニバーサル・バンク」として名を馳せた。そんななか、檜垣社長は都内の有力支店の支店長を歴任、辣腕をふるう。
 「仕事の喜びは、自分が働く会社が大きくなるとか、立派なビルを建てたというのとは、別なところにあると思う。取引先の企業が大きくなるとか、お客さんが喜んでくれることに、私は喜びを覚えます。ボクが若い頃、お付き合いを始めた会社が、日本有数の会社になっているケースもありますしね。今回、社長になったことも支店長時代のお客さんや、取引先の方々に喜んでいただけていることは、非常にありがたいと思っています」
 しかし、95年にニューヨーク支店巨額損失事件が発覚、さらにバブル崩壊後の経済環境の悪化――同行の経営は危機に陥る。98年3月、4080億円の公的資金注入を受け入れ、その上、金融界再編の荒波にさらされ続けた。
 紆余曲折があり、03年3月、あさひ銀行と合併、りそな銀行が誕生。一方、同年5月にりそなホールディングスは、公的資金1兆9600億円の追加注入を申請する。りそなグループへの公的資金投入は総額3兆1280億円となり、実質国有化となった。
 そんな逆風下、檜垣社長はりそな銀行執行役を皮切りに、りそなホールディングス執行役、同社取締役に就き、経営の中枢に参画していく。
 「仕事はたいへんになりましたが、社内は非常に刺激的な雰囲気になりました。それまでは単一民族でやっていたようなところがあったけれど、多様な考え方、経験を持つ社外取締役がやってきて、ある意味、パワフルな組織になった。阿吽の呼吸で、言葉を共有しながら仕事をしたほうがラクですが、それでは成長していけないと思うんです。組織として、時代に追いついていけない。公的資金という莫大な借金を背負ったわけですが、そういう意味では、よかったと言える面もあります」
 完済まで数十年はかかると言われた、3兆円を超える公的資金。それは重荷に違いないが、逆にモラールアップの原動力として、りそなグループは「待ち時間ゼロ運動」「全店の営業時間延長」……従来の銀行になかった、顧客重視の施策を次々と打ち出した。

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