この旅館は大浴場の桃山風呂が有名らしく入浴を楽しみにしていたが、この日は女湯になっていたので男湯と入れ替わる翌朝入ることにした。ぼくはいつも夕食後、つまり寝る前に入浴することにしていたが、夜遅くなると入浴客がひとりもいなくポツンと一人で薄暗い浴場にいるのがだんだん怖くなってきたので、今回は明るいうちに入ることにした。入浴はやはり明るい方がいい。まして夜の露天風呂は、なんとなく薄気味悪いじゃないですか。それと入浴の後で食べる夕食の方が美味い。初日に入った風呂は夕食時に重なったためか入浴客は一人だったがすぐ出ていって、ぼくひとりきりになった。湯は浴槽から洗い場にまであふれ出し、実にぜいたくな気分を味わうことができた。
からすの行水を自認しているぼくは相変わらず湯船から上るのが早い。よく脱衣場に入浴時の注意事項が書かれているが、浴場に時計がないためにいったいどのくらい入っているのかがわからない。今まで廻った二十数ヵ所の温泉旅館のどの浴場にも時計がないので、せっかくの時間指定も正確にはつかめない。初回は3分なんて書いてあっても温泉の好きな人は露天も含めて出たり入ったり、何回も入浴している。温泉街では時々救急車が走ると聞くが、長湯をした客が貧血を起こして倒れるのだろう。ぼくが石和温泉で食アレルギーで救急車で病院に搬送された時も、医者は温泉で倒れたと思いこんで早とちりして脳梗塞か何かだと判断したのだろう、脳のCTを撮られる羽目になった。
このところちょっとした不眠に悩まされているので温泉で不眠解消を計ろうと願ったが、またまた眠れず。だけどそんな不眠の不快な気分も朝の桃山風呂でいっぺんに吹っ飛んだ。この桃山大浴殿は終戦後、独自の大浴場の建設のために以前われわれが投宿して絵にも描いた修善寺の新井旅館の天平風呂にインスピレーションを受けて、これを超える伽藍建築の浴場を想定し、日本劇場を設計したという沖津清氏に依頼してできたもので、桃山調の書院造りを中心とした伽藍建築「桃山風呂」が完成したという。庭園野天風呂が湯船から窓越しに見え、内部と同時に外部も愉しめる。まるで座敷にいる気分で庭を眺め、伽藍建築を鑑賞しながらの入浴は、時代を逆行させてくれる。また大浴場に面した庭園野天風呂も解説によると「佐久間象山が吉田松陰の密航失敗に連座し、松代聚遠楼に蟄居していたその庭園をイメージして構築したもの」だというが、ぼくは歴史にうといのでよくわからん。野天風呂の湯床には御影石が碁石のように並べられていて、温泉というより池の中に入っているという感じで、大の字に伸ばした体の上を鯉が泳いでいても、ちっとも不思議ではないような気がするのだった。というのも、しばらくすると体一面に藻屑がへばりついてしまい、いかにも自然の懐に沈んでいるような気分になるのだった。また石の五重塔が配置されていたり、蛙が彫像された雪見灯籠があってその脇にはあずま屋が置かれ、ここから入浴の女客を望めれば、さぞ風情があるだろうと男なら誰でも想像してもおかしくないような雰囲気がある。
湯田中温泉
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