さて楽しみの朝食だったが、最初口にした山菜が左顎のつけ根に強烈にしみたために、その後何を口にしても刺激的な痛覚に残念ながら朝食抜きになってしまった。またしても食アレルギーが再発したのだった。出発までしばらく時間があったので温泉街を散策することにした。午前中だというのに汗ばんでついつい足も重い。ほとんどの店が閉店状態で、観光客の去った後で、家の軒に並んだ提灯が空しく風に揺れている。その提灯には思い思いの観光宣伝のための俳句が書かれているが、この地は小林一茶と関係があるらしい。湯田中温泉は、晩年の小林一茶が足繁く訪れ長逗留した温泉として知られているそうだ。よく当地で句会を開いたともいう。そんなわけで、俳句が町のあちこちでやたら目についた。「一茶・井泉水記念俳句資料館」があったが、暑いのでなんとなく素通りしてしまった。
昼前、タクシーを拾って志賀高原に向かうことになった。志賀高原には一度も行ったことがないので大いに愉しみにしていたが、山中の道をぐるぐる廻るだけで岡本敦郎の「高原列車は行く」とか小畑実の「高原の駅よ、さようなら」なんて10代の頃に口ずさみながら、ぼくの中では高原のイメージが出来上がっていたが、「えっ、ここが志賀高原」って感じで、夢が破れたのであった。どうもぼくのリアリティというのは大部分が歌や映画の記憶の中の世界にしか存在していないような気がする。
観光ガイドよろしくしゃべり続けているタクシーの運転手の方言まじりのよく聞き取れない話を聞いていると、子守歌のようで長野駅に着くまでうとうとまどろんでしまった。来る時、列車にそなえつけの雑誌に信州牛めし弁当の宣伝広告に目がとまっていたので、まだ時間は4時過ぎだったけど長野駅でさっそく牛めし弁当を買って、乗るなり食べた。早い夕食だけれど、朝抜きだったのでぼくにとっては昼食である。実際の味は東海道新幹線の牛めしの方がぼくの口に合うが、家で弁当を食べた妻は結構美味しかったと言っていた。Mさんは車中寝っぱなしだったので、とうとう食べなかったんじゃないかな。
湯田中温泉
横尾忠則(よこお・ただのり)1936年兵庫県生まれ。美術家。昨年、パリのカルティエ現代美術財団で個展を開催し高い評価を得た。2006年日本文化デザイン大賞受賞。2007年兵庫県功労者表彰。現在「横尾忠則温泉主義」西脇市岡之山美術館(4月8日~9月30日)、「横尾忠則ポスター展」韓国の国際交流基金ソウル日本文化センター/国民大学(8月30日~9月30日)が開催されている。また「原美術館コレクション展 つくるもの、つくるきもち」ハラ ミュージアム アーク(7月7日~9月2日)に作品を出品。秋には、ミラノで絵画の個展を開催予定。近著に『横尾忠則Y字路』(東方出版)、『病の神様』(文藝春秋)、WEB上のブログをまとめた『悩みも迷いも……(以下タイトルが非常に長いので略)』(勉誠出版)がある。
オフィシャルホームページ http://www.tadanoriyokoo.com
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