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湯田中温泉

 7月は避暑を兼ねて涼しい所に行きましょうとMさんが誘ってくれたのは長野の湯田中温泉であった。行きつけの整体院の息子さんは長野出身だけれど聞いたことのない温泉だと言っていたが当然ぼくも初耳である。長野とか群馬は温泉のメッカで軒並みに温泉がある。昔は長野って田舎で遠いと思っていたけれど、いつの間にか新幹線が走るようになって、駅弁を食べて本でも読もうと思った時にはもう着いてしまうほど近く、今では東京への通勤圏になっているという。
 長野駅からタクシーを拾って小布施に向かう。小布施は北斎と栗の名所で何度行っても観光客で賑わっていたが、この日はやたらと暑く観光客の姿もチラホラ。何度か訪れた北斎美術館だが、その中の本絵で特にぼくの眼を引いた作品があった。鍬に白蛇が巻きついていて柄の先に止まっている雀を狙っているという絵であった。鍬は田畑を耕す道具で幸福、金運をもたらす象徴でもある。白蛇と雀はもともと吉祥図像としてもよく描かれる。しかしひねくれ者の北斎は幸福の裏の残酷さをも同時に表現したかったはずだ。雀と白蛇の微妙な距離がそれを示している。この距離がこの作品の要である。つまり、この距離が雀の生死を分かつからだ。この絵は何度も画集などで見ていたがやはり実物を見なければ、こういった感想は浮かばないものだ。
 北斎が小布施に江戸からしばしば訪れたのは、豪商でもある高井鴻山がいたからだ。北斎のパトロンでもある。現に鴻山の屋敷の敷地には北斎のためのアトリエも建てられているが、それにしては茶室のように狭過ぎるじゃないか。もっと大きいアトリエを造ってあげなさいよと同業者のひとりとしてつい文句のひとつも出る。
 長野は盆地のせいかとにかく暑い。栗のアイスクリームを食べて、北斎の天井画のある岩松院や松代にあるという池田満寿夫美術館へも行かないで、とにかく早く湯田中温泉に行こうということになった。積木で作ったような湯田中温泉駅はすり鉢型の地形の底のような所にあり、そこからゆるやかな坂になっている商店街を昇りつめた所にファサードが和風の8階建のビルが今夜の宿泊先の「よろづや」である。
 玄関を入ったらすぐ広いロビーがあって2階まで吹き抜けになっており、どことなく東京国立劇場を連想させる。館内に歌舞伎の芝居絵でも飾れば劇場に早変わりしそうだ。十五世市村羽左衛門さんが戦争中に疎開で来られ、この地で亡くなったそうである。そんな羽左衛門さんの写真が沢山展示されている小部屋もある。また夕食に出された箸の袋には猿之助さんの句が書かれていたので、やっぱり歌舞伎と深い縁があるのだと感じた。
 わが夫妻が通された部屋は最上階の8階で和室と洋室の2部屋からなっていて、洋室にはベッドが入っていた。ベッドの方が寝やすいぼくのためにわざわざ用意してもらった部屋である。部屋係の仲居さんは神戸市の垂水出身で大学の頃からスキーが好きで、この地にもよく出掛けていたらしく、縁あってこの旅館にお世話になったという。同県人のよしみと、お互いの関西なまりが親しみを生んだ。

横尾忠則の温泉主義

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