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段ボールの哲学

 ふつうの人間でも、たとえば男女両者の思いが熱すると、二つの人体が一つに合体する。でもその思いが冷えてくると、合体していたはずの一つの家庭が、その中で要素ごとに分かれて、離婚という事態を迎えることにもなる。
 こういう力学世界の大本は、この大宇宙である。ビッグバンの原因は、まだわからぬにしても、とにかく考えられぬほどの高温であったそうで、その一体化現象の爆発と同時に熱が下がりはじめ、冷えていくガスの中でいくつもの要素が顕在化して、それぞれ分離しながら各種天体となる。ぼくらはその天体がさらに熱を下げていく過程で、人体となってこの世にあらわれたものなのだ。
 かなり短絡したが、そういう人の世における芸術と現実の場合、この二つは別物として、分離した世界にあったものである。この辺りは観察の難しい世界だが、卑近な話、20代のころのぼくは芸術家で、それはただの「自称」なのかもしれないが、作品を作ることに夢中になっていた。素材となるスクラップを探して、町をうろうろ歩いていた。その風体は尋常な市民とは違って見えるのか、よく警官の不審尋問を受けていた。呼び止められて、ぼくが作品の素材を探し歩いているんだと説明すると、警官は、
 「ああ、絵描きさんか……」
 といって、ふっと空気がゆるむ。ああ、芸術か、ということで、管理するべき現実世界とは別の、ある種の治外法権の世界として、芸術はあったわけである。
 それから50年、いまはもうそうはいかない。二つの世界の分別は崩れてきた。たとえばの話、殺人願望と現実の殺人と別世界にあったものが、容易に境界を超えて合体する傾向にある。殺人願望が芸術であるわけではないが、イメージの世界といえばいいのだろうか。それと現実世界との一体化が進行している。ものみな少しずつ冷えて分化する流れの中で、この人間の世の中だけ何か熱化現象があるのだろうか。
 国家という固まりを超えるのは、かつては革命願望としてあったものだが、それはイメージに終り、逆の方からの資本の力で、分別を超えた流動が日常化している。一体化には至らぬまでも、分別が壊れていくのは、人間社会のどこかに高熱化するものがあるのだろう。安定を失って、境界が崩れて、ということはつまり秩序が崩れて、ということはつまりモラルが崩れて、すべてがスープ状になろうとしている。餃子だけでなく、すべてに段ボールが充填されはじめているのかもしれない。

赤瀬川原平(あかせがわ・げんぺい) 1937年、横浜生まれ。芸術家・作家。『父が消えた』で芥川賞受賞。『超芸術トマソン』『新解さんの謎』『老人力』などのベストセラー、ロングセラーを含め著書多数。卓越した着想とあくなき探究心、絶妙なユーモアで、常識でこりかたまった世の中のものの見方を変えてしまう著作、さまざまな表現活動で知られる。最新刊は『もったいない話です』(筑摩書房)。

赤瀬川源平 世相真面目にななめ読み

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