餃子に段ボールは、凄いと思った。
昔はミシンと蝙蝠傘で凄いと思っていたが、それはいわゆる、ひとつの、芸術である。でも餃子に段ボールは、芸術ではない。現実なのだから、もっと凄い。
いやどちらが凄いのか、判定は難しいが、やはり現実というのはウムをいわさぬところが凄いと思う。理屈抜きで、そのものなのだ。
しかし餃子に段ボールは現実ではあるけど、それがじつはニュースのでっち上げだというから、また一段と凄いわけである。
現実ではあるけど、じつはそれが嘘だという現実。やっぱり凄いんだ。
餃子段ボールの国では、共産主義と自由経済が同居している。これも凄いわけで、やっぱりミシンと蝙蝠傘だ。
日本でもついこの間、自民党と社会党の連立政権というのが本当に出来てしまって、凄いと思ったばかりである。
昔、シュールレアリズムというイメージだけで凄いと思っていたものを、いまは現実がどんどん追いかけている。
昔、サドの文学というものを恐る恐る読んで、凄い、読んじゃいけない、とページを閉じて、またついページを開いて読んだりしていたものが、いまは文学どころか、サドが現実にごろごろ転がっていて、いまの日本はほとんど殺人列島だ。
大臣のバンソコにも驚いた。いろいろ理由はあるのだろうが、しかしれっきとした現実の大臣が、顔面巨大バンソコ2枚で記者団の前にあらわれる。それでいて理由を一切話さない。当然ながらイメージはどんどん広がる。やはり芸術なんて顔色なしの世の中だ。現実がこれだけ朝青龍みたいに強ければ、もうそれで充分。
しかもあの大臣、貫禄というものがまるでなかった。軽く、いいかげんなイメージがいまのファッション感覚だとしても、あれで大臣といわれたら、ちょっと身分証明書を、といいたくなる。
あのバンソコ王子が結局とどめを刺した形で、安倍政権はぐっと崩れた。まだ崩れ落ちてはいないが、一歩二歩、つんのめりながら、もう救急車が必要だ。この雑誌が出るころには、もう担架に乗せられているのかもしれないが、いまはまだわからない。
段ボールの哲学
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