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あわら温泉

 運ばれてくる料理が多いのでついつい食べ過ぎたのか、夜中に胃やけで目が覚めた。胃薬を用意していたが別の部屋にあるために、ベッドルームから廊下を渡って和室に行くことを想像すると、なんだか物の怪に出会いそうな気がして怖くなって、とうとう朝まで我慢したので結局は不眠のまま朝を迎えることになった。不眠のまま朝風呂に一人長湯したものだから、のぼせて軽い貧血を起こしてしまった。
 朝食後、旅館を出てタクシーで県立恐竜博物館に行くことにした。恐竜には特別興味はないけれど、書店には各種恐竜の本が山積みされているので、その人気の秘密の一端でも解ればと思ったからである。博物館のある場所では、かつて恐竜の骨が出たことがあるという。丘の上にUFOの母船を思わせるような巨大な銀色の卵形の建物があって、その内部も巨大で、一見ニューヨークのグッゲンハイム美術館とパリのルーブル美術館のピラミッドからエスカレーターで下りていく感じに似ている。建物の奥にはジオラマ風に原始時代の風景が描かれていた。その手前に見上げるほどの大きい恐竜が死闘を繰り広げている。そんなサスペンスな光景は照明効果で原始時代の一日の変化をじつにロマンチックに表現してくれているのだった。
 まだ他にも見物する所はたくさんあったが、帰りの時間が決まっていたので、このあと予定されている大本山永平寺に行くことにした。どっちにしても時間の制約があるので、パッと見てサッと帰ることになりそうだ。昼食は永平寺の近くのおそば屋さんでざるそば、デザートにくず餅、くずきり。一般的には、ざるそばには小さく刻んだのりがふりかけてあるのに、ここではかつお節だった。それがそばと合ってなかなかうまかった。
 永平寺といえば、やはり厳しい参禅の記憶がよみがえって、懐かしいやら拒絶反応やらの複雑な心境である。昔のトラウマが抜けないのか、恐る恐る院内を見学コースに従って歩いた。見覚えのある場所もいくつかあったが、もう二度と座禅などしたくないという気持はいまも変らない。とにかく時間もないことだから、サッサッと駆け足で15分ぐらいで廻った。そんなわれわれの様子を見ていた者がいて、帰京した2日後、歌舞伎座に芝居を見に行った際、グラフィックデザイナーの佐藤晃一さんから声を掛けられ、「ぼくの友達が永平寺で横尾さんを見たといってましたよ」といわれた。佐藤さんは、友達からぼくのことを聞いた次の日にぼくに会ったので、その偶然にたいへん驚いていた。
 この冬、福井市内のギャラリーでぼくの版画展が開催されることになっているので場合によっては、もう一度来ることになるのかなと思ったりしている。1泊2日の駆け足の旅だったが、いつも旅に出ると3、4日ほどいた気分になるのは、旅先では日頃の意識が心の隅に追いやられていて、いつもの「自分」じゃない自分になっているので、きっと別の次元に入ったような感覚になるので、時間軸に変化を起こすのかもしれない。

横尾忠則(よこお・ただのり)1936年兵庫県生まれ。美術家。昨年、パリのカルティエ現代美術財団で個展を開催し高い評価を得た。2006年日本文化デザイン大賞受賞。2007年兵庫県功労者表彰。秋には、ミラノで絵画の個展を開催予定。近著に『横尾忠則Y字路』(東方出版)、『病の神様』(文藝春秋)、WEB上のブログをまとめた『悩みも迷いも……(以下タイトルが非常に長いので略)』(勉誠出版)がある。
オフィシャルホームページ http://www.tadanoriyokoo.com

横尾忠則の温泉主義

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