そもそも人間どうしが、相手に名前をつけて呼ぶようになったのはいつごろだろうか、と考えると、わからなくて面白かった。わからないというより、証拠がない。だからいろいろ推理できる。
文字も遺物もない時代は、想像するしかない。考えるスタートラインはみんな同じだ。人の名前と物の名前とどちらが先についたのか。
ほぼ同じだろうが、物の名前の方が先のような気がする。木の実とか動物とか。
たぶん言葉の発生のところまでさかのぼるだろう。猿と人間の分かれ目は、直立二足歩行、火を使う、道具を使うとかいろいろあるが、同時に言葉を使うというのが大きな違いになったらしい。
言葉の最初は物の名前かというと、むしろYESやNOみたいな意志表示じゃないか。
YESとNOとどちらが先かと考えると、NOのような気がする。YES、つまり肯定というのは黙っていてもいいわけで、ものごとは自然に肯定のルートを流れて進む。でも違うというときには意志表示をしないと困る。
でも意志表示だけなら、犬や猫もやっているらしい。人間との生活をとりあえずは肯定して過ごしているけど、どうしても嫌なときには態度が変わる。犬猫猿らは言葉をもっていないが、YES・NOの意志表示はしている。猫どうし犬どうしのかかわりを見ていても、細かい言葉はないようだが、目の力や口や息の出し方などで、互いの意志表示はしている。
鳥だって、天敵に襲われたときにはキキキーと鳴いている。あれは仲間に緊急事態を報せる意味もあるのだろう。言葉の直前の信号みたいなものらしい。でもその先の言葉というのは、まだ人間しか持っていないのだ。
やはり言葉というのは、YES・NOの意志表示をもう少し超えたところのものからだろう。
話はいきなり逆転するが、人間、歳をとると名前を忘れる。完全に忘れるわけではないが、とっさに思い出せない。ちょっと知った人の名前を忘れるならまだしも、古くから知っている人の名前をぽかっと忘れる。誰でも知っているような有名人の名前も、ぽかっと忘れたりする。まさか、と慌てて脳みその中を駈けめぐってみても、空回りばかりでぜんぜんその名前が出てこない。それでせっかく思いついたシャレとかタトエ話が、宙に浮いてしまって口に出せず、悔しい思いをした人は多いだろう。
ノーネームの不思議
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