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花巻温泉

 前の座席のMさんが声を上げたので、思わず窓の外を見て驚いた。目に飛び込んできた風景は視界いっぱいに拡がった泥水だった。われわれを乗せた東北新幹線は揚子江の中を走っているのかと一瞬勘違いするほどだった。鉄橋の橋桁ぎりぎりまで押し寄せている川はもはや川とは呼べない泥の海であった。
 沖縄と九州に台風が来ていることは知っていたが、家を出る時、娘が花巻地方に大雨のため避難勧告が出ていると言ったことは、ウソではなかった。この日の夕刊で泥の海と化した北上川のど真ん中を走るレールの写真を見てぼくは身震いした。「ここを走って来たんだ」。くわばら、くわばら。
 新花巻駅下車。昨日までの大雨のせいか、新幹線の駅構内とは思えないほど閑散としている。タクシーをチャーターして、まず昼の腹ごしらえだ。ここは宮沢賢治生誕の地。彼の童話に出てくる名のレストランに入る。花巻は賢治一色で、いたるところに賢治の足跡をたどる施設が点在しており、まず「宮沢賢治記念館」に入る。以前にも二度ぐらい来ているが、展示物にはたいした変化がなかった。彼の書いた原稿のほとんどがカラーコピーによるもので、そこからは彼の体温が伝わりにくい。でも、一般客は精巧にできたコピーに騙されてオリジナルと勘違いするだろう。石和温泉の帰りに寄った「三島由紀夫文学館」の原稿は全部生原稿だった。作家の本当の精神を伝えたいんだったら、コピーではいけません。「イーハトーブ館」のあと「童話村」の「賢治の学校」を見物する。ここは見事に裏切られた。賢治の童話からイメージした一種の体験ゾーンであるが、Mさんのいうように、「賢治には具体的な創作物があるわけじゃないので、童話のイメージを他の人が解釈して、それをビジョン化しているのがつまらない」とは、その通りである。それでもその表現のレベルが高ければ文句がいえないが、あまりにも通俗的で、それ以上に中味のないものになっていた。特に「賢治の学校」は最悪だった。どう考えても賢治の文学を心から理解していないように思えた。もし真に理解しているのなら、観る者に感動を与えるはずだ。ここにも日本の文化度の低俗さに絶望的になったのであります。もうこうなったら、早々とこの場を引き揚げて温泉にドボンとつかりたい気分である。
 われわれの今夜の旅館は奥羽山脈の渓谷沿いに湧き出る花巻温泉郷でも、その一番奥にある「佳松園」である。Mさんはかつてこの旅館に泊ったことがあるらしいが、改築される前で、いまは当時の面影はまったくないと言い、辺りを見回しながら怪訝な顔をしている。建物は純和風数寄屋造りで、かつては昭和天皇も御宿泊されたそうである。玄関を入ったところがロビーになっているが、ここが最上階の4階だといわれてもピンとこない。テニスコートが二面優に入りそうな、龍安寺の石庭の石をはずしたような広大な庭がロビーに面して横たわっているので、どう見てもここが1階にしか思えないのだった。この庭をぐるっと取り巻くように回廊があって、その回廊に面した一番奥の部屋に案内された。窓を開けると、裏山が目の前に迫っていて、松林の底の方からせせらぎの音が聞こえたが、昨夜の雨で増水したために遊歩道は通行止めになっていると、年齢不詳の丸顔で色白の仲居さんが説明した。

横尾忠則の温泉主義

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