ぼくがむしろ興味を持ったのは、この美術館で行なわれていた特別展の「没後30年 熊谷守一展」の方だった。彼の作品はしばしば画廊などで観てきたが、今回のようにある程度まとまった形で観るのは初めてであった。平面化された彼の作品の魅力は、そのぎりぎりの単純化と、絵の具をたっぷり盛り上げた色面のマチエール、それに色面を切り取っている線の描法である。彼の自伝的エッセイに「へたも絵のうち」という本があるが、彼の絵に似て淡々として、何か特別の考えを述べているわけではない。むしろ退屈な本である。彼は「へた」というが、彼の作品は決してへたではない。むしろ考え抜かれた造形と色彩である。ぼくは彼の画集を持っているが、ここでも絵葉書を何枚か買った。
中尊寺に向かうと道路の左右は黄金色に輝いた稲穂が刈り入れを待って頭を垂れている。そんな田んぼのあちこちに点在する農家が、どれひとつとっても農家らしくない無味乾燥な建物ばかりで自然をぶち壊しているのだった。外国人には見せたくない日本の田舎の風景である。中尊寺の平泉金色堂は、以前にも2、3度来ているが、あの目にも眩い金色堂を一回り大きくしたコンクリート造りの建物を頭から覆い被せているために、本来自然との調和を考えて建立されたはずの金色堂が隠蔽されてしまって自然との関わりを完全に拒絶してしまっている。だからそこには美が存在しないのである。どうして金閣寺のように自然と一体化を図ろうとしなかったのだろうか。かつて中尊寺の住職だった今東光大僧正にこのコンクリートのお堂をぶっ壊してもらいたかったものだ。
以前、今先生に金色堂の仏像を拝むより参道の大杉の地面を破ってその姿を現わした根っこを見てくれと、いわれたことがある。この根っこの中に仏が宿っているというのだ。大蛇が何匹も絡まり合ったような太い杉の根っこが地表を突き破って鎌首をもたげてもだえている様こそ仏の姿だといいたかったのだろう。仏像の中ばかりに仏が宿っているのではなく、自然そのものが仏の顕現だと声を大にしたかったに違いない。「誰ひとりそのことをいわないんだよ」といった今先生の声がいまも耳の奥でワンワン響いているようだ。
それにしても、老若男女善男善女がこの天気が悪い東北まで全国津々浦々からよく集まったものだと感心するほど大繁盛である。金色堂から離れたところにあった奥州藤原歴史物語を驚くほど精密に再現した蝋人形館「ゆめやかた」に足を踏み入れる。この館に入った途端、そのあまりのリアリズムに歴史の重圧を想い、押しつぶされそうになった。「遠く平安に思いを馳せながら、ゆっくりとしたひと時を……」なんてとんでもない。血しぶきを上げた人形には、体毛が植毛され、眼球には本物の義眼を埋め込み、歯まで義歯ではないか。このクソリアリズムは何なんだといいたい。現代と歴史的時間が同居してしまっていることに、ぼくは生理的恐怖感をかき立てられ、目が離せなくなる悲しさに誰が「ゆっくりとしたひと時を」過ごすことなどできよう。と別に文句はいわないまでも、歴史の暗闇から追いかけてくる霊魂を恐れて、ぼくは足早にこの「ゆめやかた」を出て、帰路についたのであります。
花巻温泉
横尾忠則(よこお・ただのり)1936年兵庫県生まれ。美術家。昨年、パリのカルティエ現代美術財団で個展を開催し高い評価を得た。2006年日本文化デザイン大賞受賞。2007年兵庫県功労者表彰。秋には、ミラノで絵画の個展を開催予定。「文学界」(9月号)に小説「ぶるうらんど」を発表。近著に『横尾忠則Y字路』(東方出版)、『病の神様』(文藝春秋)、WEB上のブログをまとめた『悩みも迷いも……(以下タイトルが非常に長いので略)』(勉誠出版)がある。オフィシャルホームページ http://www.tadanoriyokoo.com
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