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生命保険の頭と体

 大相撲大変だ。力士を鍛えるのに、時には殴ったり叩いたりするのは、プロとして当たり前のことだろう。でもそれは「時には」であって、殴るにしても寸止め的な力の配分があるはずで、それで死なせてしまってはプロじゃない。ただのシロートの暴力になる。
 そこはなかなか難しいところだ。前には戸塚ヨットスクールの事件があった。内容はいろいろ違うだろうが、鍛えるための暴力という点で、似ている。
 こういうときに嫌なのは、暴力は絶対にいけないという「いい人」が出てくることだ。本当のいい人は、見かけだけにこだわるということはないが、いい人に見られたい人は、いち早く、暴力は絶対にいけないと主張する。
 たしかに暴力はいけないことで、その主張を否定はしにくい。否定したら、あの人は暴力を肯定する、暴力を振るう人だとなって、家庭では奥さんや子供をがんがん殴っているとなって、もう選挙には出られない。
 いや選挙は関係ないけど、とにかく表舞台のたてまえの世界では、あの人は怖い人、悪い人、となるわけである。それが嫌だから、みんな頭から暴力いけないの方になびく。
 もちろんいらぬ暴力は嫌だ。リンチは嫌だ。たてまえから遠く離れた薄暗いガード下で、ぼこぼこに殴られたくはない。とはいえ、それが怖いからと「いい人」の仮面だけが増えている世の中も嫌だ。
 暴力は必要悪である。いろいろと必要ではあるのだけど、その下に悪の字がくっつく。そこから問題はややこしくなる。必要ではあるけど悪だから、その悪の部分は抑えないといけない。
 大昔は必要悪ではなく、ただ必要だった。暴力の大量保有者が、トップに君臨していた。でも人間は頭脳の発展とともに世の中が複雑に膨張し、文明社会となり、暴力以上に頭が必要となる。頭は暴力のライバルだから、暴力はいかん、となる。頭はすべて頭の論理で世の中を仕切ろうとするけど、人間から暴力が消えてしまうわけではないから、暴力はときどき人間のあちこちから、ぷすぷすと出てくる。排便は綺麗ではないが、必要汚物であるという関係とも似ている。
 話がこじれた。最近生命保険会社の経営者たちが、それぞれ別個に、しかしいっせいに頭を下げて謝罪した光景は、何だか無気味だった。それぞれ別個に、しかしいっせいにという妙な足並の揃い方が、どうにも無気味だ。多分これまで示し合わせて、じっと黙っていたのだ。


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