日本の高成長期はみんなその先に明るいものを夢見て、「あきらめない」であった。バブルを経て低成長期に入ってからは「あきらめない」派と「あきらめる」派に分かれた。
あきらめるは「諦める」と書くが、本来は「明らめる」、即ち「物事の真理を明らかにする」という意味とあって、真理が明らかになれば、あきらめるほかない、と多くは観念した。従って、観念しない人は、真理に立ち向かう気概を要するのは当然である。
そういう人の例を一、二挙げる。
坂田藤十郎は中村鴈治郎のころ、祇園の舞妓と浮名を流し、こんなことを言っていた。「一生青春。世の男性方も頑張ってもらいたいと思います」
奈美悦子さん。「最近、物忘れがひどいねんけど、自分がきれいってことはわかってるよ」
いや、立派、立派。みなさん、あきらめないで――――。
あきらめずに
(毎日新聞専門編集委員)
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