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赤尾信幸

ホテルニューアカオ社長

ゴミ捨て場が一大リゾートへ

 そもそもホテルニューアカオは、信幸社長の父で創業者の故・蔵之助氏が昭和四八年にそれまでの熱海市街にあった赤尾ホテルを錦ケ浦に移して始まった。蔵之助氏が小学生の時に遠足で行った美しい錦ケ浦は、戦中から戦後の混乱期にゴミの不法投棄の場となって見る影もなく荒れ果て、また自殺の名所というありがたくない場所になっていた。かつての美しい錦ケ浦を取り戻したいという創業者の願いが、ここにホテルを建設し環境を整備しようという事業になった。最初は二〇〇〇坪の敷地だった。海中のゴミまで取り除くのにトラック何百台分にもなったという。荒れ果てた場所を綺麗にし、自殺の名所を観光の名所にする、それは地域社会に貢献することではないかという創業者の思いが、その後、さらに隣接地を少しずつ買い足して環境整備し、ついには二五万坪の敷地になった。つまり“公国”にはそういう公=パブリックに貢献したいという理念が込められているのである。“公国”では電柱も地下埋設されて景観を保ち、今や熱海観光の大きな拠点になっている。
「私が社長に就任した昭和六三年当時、現在のハーブ&ローズガーデンの地、約二○万坪の山林を購入して曽我森林自然園として開設したのですが、この土地をどう活かしたらいいのかが最大の課題でした。先代が集めた世界一の盆栽などを展示する盆栽庭園とハーブガーデンを作って、入場者がそれまでの五倍の七万人になったのですが、さらにランドスケープデザインという考え方に出会って、景観作りをすべきなのだと考えるようになりました。それでハーブガーデンをリニューアルして、海を展望する丘陵地にテーマを持った一○のガーデンを設けて四季折々の花に囲まれるフラワーリゾートにしました。現在は年間の入場者数が一五万人にもなります」。環境を創造し景観作りをし、そういう社会への貢献を事業の中に取り込んでいくのが、アカオスタイルと言えるのだろう。

ホテルニューアカオ

温泉ホテルを根底から変えるコンセプトへ

 温泉を楽しみ、さらに熱海市街を見渡す立地から美しい夜景が望める。一方に錦ケ浦の海に開けた風光明媚な景観。美しいビーチと丘陵地に広がるハーブ&ローズガーデン。ホテルニューアカオにはリゾートの条件がいくつも備わっている。が、ここを訪れるお客様にさらにどう利用していただくかを考えて、平成六年にオープンしたロイヤルウイングでは、リラクゼーションとアニバーサリーという提案を行ってきた。館内には結婚式や誕生日だけでなく、金婚式や米寿のお祝いなどの幸せに満ちた年配のお客様の写真が展示されているが、そうしたアニバーサリー記念旅行を昨年だけで一五○○組執り行ったという。こうした高齢者へのお祝いおもてなしの経験を通して、今年一月からは世界的に定評のあるルーマニア式のアンチエイジングのリゾートステイプランを始める。四日間の滞在でクリニックでの治療とルーマニアのアンチエイジングのノウハウを活かした化粧品を使用したエステコースなどを備え、さらにコンシェルジェが滞在中のリゾートライフを提案する。
「熱海は東京から一時間足らずの地の利があります。うちはその熱海の中でも別格の景観を持っていて、館内施設で温泉、プール、ダンスフロア、ディナーショーなどさまざまな楽しみ方ができますが、二五万坪をさらにエクスクルーシブな空間としてディテールを整えていくことがこれからの課題です。その中でアンチエイジングがあり、またその滞在中に箱根や伊豆観光、ゴルフ、場合によっては東京に歌舞伎を見にいくなどというコースもあっていい。熱海にお客様を呼び込むだけでなく、熱海からリゾート、リラクゼーションの拠点として多様な楽しみ方を発信していきたいんですね。温泉ホテルの在り方を根底から変えていくことで、熱海の立地がまた活きてくるんだと思います」
 淡々と穏やかな口調で語る赤尾社長だが、その内容は並々ならぬ自信と大きな夢、ロマンに満ちている。二〇〇〇坪から二五万坪への発展の過程は、決して順風満帆だったわけではないだろう。が、創業者が用意してくれた素晴らしい条件と理念を活かすために、二代目の手堅さを武器に着実に実績にしていく経営者の姿が見えてきた。

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